漁舟いさりぶね)” の例文
それは珍しく二人だけのときで、望湖庵のその座敷から見える切戸のあたり、すっかり暗くなった海の上に、漁舟いさりぶねの火が一つゆっくりと動いていた。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
海のしわ漁舟いさりぶね、白い街道や動いている自動車、そんなものがはっきり見えた。大分空港に着いた頃から、薄い雲が空に張り始めた。離陸するとすぐ雲に入った。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
動かない漁舟いさりぶねぐ手も見ゆる帰り舟、それらが皆活気を帯びてきた。山の眺めはとにかく、海の景色は晴れんけりゃ駄目ですなアなどと話合う。話はいつか東京話になる。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
伊太郎をうちへ送り込むと、紫錦は舟を漕ぎ返した。と、その時雨と一緒に嵐がさっと吹いてきた。周囲四里の小湖ではあったが、浪が立てば随分危険で、時々漁舟いさりぶねを覆えした。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
帰ってゆく漁舟いさりぶねの影もかすんでいたし、帯のように延びている天の橋立も、薄墨でぼかしたほどにしか見えなかった。保馬は床の端のところにかがんでぼんやりと下の水を眺めていた。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
れかかって明るい海の上を、帆をおろしながら帰ってゆく漁舟いさりぶねがつぎつぎにはしり過ぎた。岸に沿って小さな堀があり、この増六の持ち舟であろう、屋根舟をまぜて、七そうばかりもやってあった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)