淼々びょうびょう)” の例文
「お光ちょうい。内のお光ちょうい」。老夫婦が力の限りこん限り叫ぶ声はいたずら空明くうめいに散ってしまって、あとはただ淼々びょうびょうたる霞が浦の水渦まいて流れるばかり。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
熊野では、これと同じ事を、普陀落渡海ふだらくとかいと言うた。観音の浄土に往生する意味であって、淼々びょうびょうたる海波をぎきって到りく、と信じていたのがあわれである。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
風は淼々びょうびょうたる海面から吹き上げて来て空の中で鳴った。風の仕業しわざか雲の垂幕は無数の渦を絡み合せながら全体として、しずかにしずかに、東の方へ吹き移されて行く。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
淼々びょうびょうたたえられた湖の岸には町の人達、老若男女が湖水をはるかに見渡しながら窃々ひそひそ話に余念がない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
遥に北の方を眺むれば、常見る霞が浦にわかに浮き上ったように、水淼々びょうびょうとして遥に天腹てんぷくひたし、見ゆる限りの陸影皆小く沈んで、唯遥に筑波山の月影に青く見えるばかりだ。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
折柄満月が空に懸かり、淼々びょうびょうたる海上は波平らかに、銀色をなして拡がっている。塁々と渚に群立っている巨大な無数の岩の上にも、月の光は滴って薄白い色におぼめいている。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「二日、三日ないしは五日、どのように水を潜ったところで、淼々びょうびょうと広い湖のこと、そんな小さな石の棺、あるともないとも解りませぬ。が、わっち感覚かんから云えば、まずこの辺にはござんせんな」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)