いかり)” の例文
今は可懐なつかしき顔を見る能はざる失望に加ふるに、この不平にひて、しかも言解く者のあらざれば、彼のいかりは野火の飽くこと知らでくやうなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
君子の音は温柔おんじゅうにしてちゅうにおり、生育の気を養うものでなければならぬ。昔しゅん五絃琴ごげんきんだんじて南風の詩を作った。南風のくんずるやもって我が民のいかりを解くべし。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
此品これをば汝は要らぬと云ふのか、といかりを底に匿して問ふに、のつそり左様とは気もつかねば、別段拝借いたしても、と一句迂濶うつかり答ふる途端、鋭き気性の源太は堪らず
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
國會の政府より頒布する法令は、其冷なること水の如く、其情の薄きこと紙の如くなりと雖ども、帝室の恩徳は其甘きこと飴の如くして、人民これを仰げば以て其いかりを解く可し。
帝室論 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
頼まるるも宮が心なりと、彼は可憐いとしき宮を思ひて、その父に対するいかりやはらげんとつとめたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かかる浅ましきいかりを人に移さんは、はなは謂無いはれなき事なり、と自ら制して、書斎に帰りてなまじひ心を傷めんより、人に対してしばらうさを忘るるにかじと思ひければ、彼は努めてくつろがんとしたれども
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)