恣意しい)” の例文
仮りにも主君の恣意しいがそれを強要したなぞとは、それは夢にも現われてならぬ想念であった。生れてはじめてくわをとった彼らであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかし作家の人選の点になると、関東関係の政治権力の影響と、定家自身の歌人的地位からくる私情的人選の恣意しいとが、大分あらわれているようである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
畢竟ひっきょう説くものの恣意しいな附会に過ぎないが、上代人の思想でないことをそうである如く解釈する点は同一である。
日本精神について (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
社会民衆の恣意しいに任せて安堵あんどしているのも間違っている。民衆は賢明なところもあるが愚昧ぐまいなところもある。
外来語所感 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
否、一歩を進めて言えば、「孔子世家」はこれらの記録をきわめて恣意しい的に利用したために、これらの記録の価値をさえも減殺したということができるであろう。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
日頃、ひそかに隠してゐる放浪癖も手伝ふので、仕事も家族のことも徹底的に怠け、気持のおもむくままに振舞つて、自分でもその恣意しいの行きつく先を前以て知り得ない。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
戦場では個人の生命など問題ではなかった。唯ちょっとした恣意しいが人の命をうばう事もあり得る。小説を書こうという程の男が、どうして自分を危くするようなことをしたのか。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「私」の美的恣意しいもとづく鑑賞によって仏像を解しうるだろうか。信仰の上から云って冒涜ぼうとくであるのみならず、あらゆる点から云ってそれは虚偽ではなかろうか。造仏本来の意味に反する。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
しかも、自分の恣意しいと公の総意を区別しない官員の上の官員さまになっていた。この気持は、古い君主関係を脱けだせない阿賀妻らには、これまたわかろう筈はない。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
自分の恣意しいによってもう直ぐ一個の生命が絶たれることを思った時、宇治は戦慄に似た快感が胸にのぼって来るのを感じた。その快感も明かに一時的な酩酊めいていにたすけられている。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そこには安易や恣意しいや職人的な巧緻こうちや、そのようなものからおよそ遠いものの支配していることに気をつけよう。それは『新古今集』にも、職人的な巧みさだけの歌も、なかなか多く存している。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
あれは恣意しいではなく、いたたまれなく飛び出したという感じであった。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)