常詰じょうづめ)” の例文
江戸の常詰じょうづめをのぞくと、約二百何十名かの頭数が、今朝の総登城の布令ふれに驚いて、ひとみに不安な光をたたえ、本丸へ詰合っていたわけである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「かいもく手懸りがねえんですよ。災難なのはわれわれで、夜も日も番屋に常詰じょうづめで、ここんとこ街の灯も見ておりませんやね」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城戸の常詰じょうづめは十人ていどだし、新田方の者は三十人近かった。——当然、彼らの捜査と、それをはばめる者とのたたかいは、すでに城戸内へ移っていたのだ。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……思うてもみい、両六波羅には常詰じょうづめの武士二千は欠くまい。長門、筑紫の探題の兵も、いざといわば、いつでも京へ馳せのぼせよう。関八州の兵はいわずもがなよ。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見るとそれは、夕刻、今井二かんと少し話して帰った、山屋敷常詰じょうづめ同心どうしん河合かあいでん八。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここに常詰じょうづめとなっている与力同心たちの双肩にかかる重大責任です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『江戸常詰じょうづめの家中村松喜兵衛きへえ同苗どうみょう三太夫』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)