自己おのれ)” の例文
昨日きのうまで机を並べて勉強した学友の就職を傍観して、むなしく世を恨み、自己おのれのろわねばならぬのです。なんたる悲惨なことでしょう。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
私は、然し、主筆が常に自己おのれと利害の反する側の人を、好く云はぬ事を知つて居た。「先方むかうが六人で、此方こつちよりは一人増えたな。」
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
日頃親しい人達にのみ別れを告げて行こう。すくなくも苦を負い、難を負うことによって、一切の自己おのれの不徳を償おう、とこう考えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「自分は医師いしゃでありながら、何故う不注意だろう。」と、彼は自己おのれを叱っても追付おっつかない。市郎は余りに慌てて我家を出たのであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
力の及びうべきところに神あり、自己おのれあり、隣人となりびとあり、こは此等と此等にけるものゝ謂なることわれなほ明かに汝に説くべし 三一—三三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
義を慕う者は単に自己おのれにのみ之をんとするのではない、万人のひとしく之に与からんことを欲するのである、義を慕う者は義の国を望むのである
自己おのれの罪跡を見つけられたと思って、身が地にすくむような気がした。はげしい飢餓をも忘れて、茫然ぼうぜんとして立っていた。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
自己おのれよりは一倍きかぬ気の夫の制するものを、押返して何程云ふとも機嫌を損ずる事こそはあれ、口答への甲斐は露無きを経験おぼえあつて知り居れば
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
たまたいもそのままかすみのうちにけ去りてすくうも手にはたまらざるべきお豊も恋に自己おのれを自覚しめてより、にわかに苦労というものも解しめぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
上る兵士は月を背にし自己おのれが影を追うて急ぎ、下る少女おとめは月さやかに顔を照らすが面恥おもはゆく、かの青年わかものが林に次ぎてこの町をずるもことわりなきにあらず。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
したがって、自己おのれの生活に対して、何の懺悔さんげも、反省もなしに、ただいたずらに世をのろい、人をうらむことは、全く沙汰さたの限りといわざるを得ないのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
其他そのほか一團いちだん賤劣せんれつなる下等船客かとうせんきやくで、自己おのれ腕力わんりよくまかせて、突除つきの蹴倒けたをして、我先われさきにと艇中ていちう乘移のりうつつたのである。
鹽原しおばら多助が忠孝の道を炭荷とともに重んじ。節義はあたか固炭かたずみの固くとって動かぬのみか。獣炭じゅうたんを作りて酒をあたゝめししん羊琇ようじゅうためしならい。自己おのれを節して費用を省き。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
贔負目ひいきめには雪中せつちゆううめ春待はるまつまの身過みす世過よす小節せうせつかゝはらぬが大勇だいゆうなり辻待つじまちいとま原書げんしよひもといてさうなものと色眼鏡いろめがねかけて世上せじやうものうつるは自己おのれ眼鏡めがねがらなり
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
三人仕立したて切棒きりぼう竹輿かご路次口ろじぐちすゑさせ自己おのれは夫に乘り方々とこゑかけさせながら本町へこそ到りけれ竹輿舁かごかきかねて心得ゐれば同町三丁目の藥種やくしゆ店小西屋長左衞門の前におろし戸を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
まだ財産をじぶんで持っていたお祖父さんが亡くなったものだから、弟のほうでは皆自己おのれの財産にしてしまって西森のお父さんは家と僅かな財産を相続することになったので
提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
此奴こやつある日鶏を盗みに入りて、はしなく月丸ぬしに見付られ、かれが尻尾を噛み取られしを、深く意恨に思ひけん。自己おのれの力に及ばぬより、彼の虎が威を仮りて、さてはかかる事に及びぬ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
あどけない二十三四の美人が、妻を姉と重んじ、自己おのれを兄と親んで日々遣つて来て、やくたいもない心配事を苦にしてすがるので、賢人顔してゐる細君に比ぶれば肩が張らず、気もすつくり合つて
未亡人と人道問題 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
書房ふみやすかさずこの船人の脇艪わきろを押す事を許されたりとて、自己おのれをして水先見よと乞うて止まねば、久しく採らぬ水茎みずぐき禿ちびたるさおやおら採り、ソラ当りますとの一言いちげん新版発兌しんぞおろしの船唄に換えて序とす。
いや——他人ひとを見ずにまず自己おのれを見よう。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自己おのれをそこへ投出してかかった岸本がこれまで親戚しんせきに答えて来たことは極く簡単であった。輝子は岸本が告白の当時に来て言った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は然し、主筆が常に自己おのれと利害の反する側の人を、好く云はぬ事を知つて居た。「先方あつちが六人で、此方よりは一人増えたな。」
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
先刻さっきからの様子を見ると、彼はあくまでも無邪気である。彼は極めて明白に、正直に、自己おのれいつわりなき恋を語っているのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
汝若しよく記憶をたどりかつ光をみなば、汝は自己おのれがあたかも病める女の軟毛わたげの上にやすらふ能はず、身を左右にめぐらして 一四八—一五〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
実のつた丹波王母珠たんばほゝづきほど紅うして、罪も無き高笑ひやら相手もなしの空示威からりきみ、朋輩の誰の噂彼の噂、自己おのれ仮声こわいろの何所其所で喝采やんやを獲たる自慢
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
僕はほとんど自己おのれをわすれてこの雑踏のうちをぶらぶらと歩き、やや物静かなるちまた一端はしに出た。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「御親切はありがたいが、武士たる者が自己おのれの落度を他人に塗つけることはできない……」
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
處刑しよけいせんとは思へども處刑爲難しがたき次第あり开は如何とたづぬるに只今も申す通り婚姻さまたげの罪科ざいくわは重くて死罪輕くて遠島ゑんたうなり然るに庄兵衞事自己おのれみつに戀慕れんぼして小西屋との婚姻を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「じゃって、病気をすっがわるかじゃなっか」と幾たびか陳弁いいわけすれど、なお妙に胸先むなさきに込みあげて来るものを、自己おのれは怒りと思いつつ、果てはまた大声あげて、お豊に当たり散らしぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それが所詮「ごう」です。はては、他人さまにも迷惑をかけ、自己おのれも苦しむのです。経済上の苦しみはいうまでもありません。身体も精神こころも、苦しめるようになるのです。これがいわゆる「苦」です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
はじめにれる工夫くふう算段さんだんはじいてねばれぬものゝりにもはぬしないくらかぶせて上穗うはほ自己おのれ内懷中うちぶところぬく/\とせし絹布けんぷぞろひはゆゑものともおもはずお庇護かげちましたとそらをがみせし新築しんちく二階造にかいづくことば三年先さんねんさき阿房鳥あはうどり
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おげんはがっかりと窓際まどぎわに腰掛けた。彼女は六十の歳になって浮浪を始めたような自己おのれの姿を胸に描かずにはいられなかった。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はただ自己おのれじょうの動くがままに働くのである。彼がお葉を嫁に貰いたいと云い出したのも、決して不思議でも無理でもない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして自己おのれに出来るだけの補助たすけをする——人を救ふといふことは楽い事だ。今迄お利代を救ふものは自己おのれ一人であつた。然し今は然うでない!
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
実のった丹波王母珠ほおずきほど紅うして、罪もなき高笑いやら相手もなしの空示威からりきみ、朋輩の誰の噂彼の噂、自己おのれ仮声こわいろのどこそこで喝采やんやを獲たる自慢
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼人をあしらふこと人の自己おのれをあしらふに似たり、そは人は乏しきを見て乞はるゝを待つ時、その惡しき心より早くも拒まんとすればなり 五八—六〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ただ貴嬢きみの恥は二郎に対する恥、二郎の恥は自己おのれに対する恥、これぞ男と女の相違ならめ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
省三は婢がぜんをさげて往く時に新らしくしてくれた茶をすすっていたが、彼の耳にはもうその音は聞えなかった。彼は十年前の自己おのれの暗い影を耐えられない自責の思いで見詰みつめていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あらをりに見染て箇樣々々かやう/\息子せがれが寢言兩親がことより自己おのれが來りたれどたゞ一向ひとむきにも言入かね實は斯々かく/\はからひて御懇意ごこんいになり此話しを言出したりといと事實じじつを明してのべたるに主個あるじはた横手よこて
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
自己おのれ旦夕たんせきに死を待ちぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
馬上から眺めると群集の視線は自己おのれ一人にあつまる、とばかりで、乾燥はしゃいだ高原の空気を呼吸するたびに、源の胸の鼓動は波打つようになりました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かれは、自己おのれ一人の力でこの村を教化し尽した勝利の暁の今迄遂ぞ夢にだに見なかつた大いなる歓喜よろこびを心に描き出した。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
親切の上親切を尽して我が智慧思案を凝らせし絵図まで与らむといふものを、無下に返すか慮外なり、何程自己おのれが手腕の好て他の好情なさけを無にするか
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
彼女あれは今まで自己おのれ価値ねうちを知らなかったのである、しかしあの一条からどうして自分おれのような一介の書生しょせいを思わないようになっただろう……自分おれには何もかもよくわかっている。』
まぼろし (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
歿くなったそこの主人には現在自己おのれの奉職している会社の奉職口まで世話になった間であるし、夫人とも如才ない間であるから、他から借りてくれたと云うことになっているが、それは口実で
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
たとい自己おのれの寿命を一年縮めてもそれを父の健康に代えたい、一年で足りなくば二年三年たりともいとわないというふうに。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天を仰げる鼻のあなより火煙もくべき驕慢きょうまんの怒りに意気たかぶりし為右衛門も、少しはじてや首をたれみながら、自己おのれが発頭人なるに是非なく
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自己おのれもまたあえぎあえぎその跡をうて苦しき熱きさびしき旅路にのぼる。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
篠原の主人はにこにこして自己おのれを嘆美する皆の話に耳をやっていた。
蛇怨 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
自己おのれの罪過の責を負おうと決意するように成ったのも、すべては皆彼女の破滅を傍観し得られなかったところから起きて来たことだと書いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)