空虚から)” の例文
しかしそれをたれてはなかつた。それでもかれ空虚から煙草入たばこいれはなすにしのびない心持こゝろもちがした。かれわづか小遣錢こづかひせんれて始終しじうこしにつけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
全く空虚からの時もあった。そういう場合には、仕方がないので何時まで経っても立ち上がらなかった。島田も何かに事寄せてしりを長くした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして客間は、さわやかな春の日の青空と長閑のどかな陽の光が、其處にゐる人々を戸外に呼び出す時だけ、空虚からになつて靜かであつた。
結局金博士の智慧をめそうとした奴の蟇口の中身が空虚から相成あいなって、思いもかけぬ深刻しんこくな負けに終るのが不動の慣例だった。
私はそのあとからひとり空虚からのトランクを持って歩きました。一時間半ばかり行ったとき、私たちは海に沿った一つのとうげの頂上に来ました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
箪笥たんすでも、本箱でも、空虚からにして送らなければこわれて了うと言われた。この混雑の中で、幾度いくたびか町の人は私を引留めに来た。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その形の氣高い圓味をかくも美しく見せてゐる半分空虚からになつたコップ(その厚いガラスの底の透明なことはまるで日光を凍らしでもしたやうだ)
日付のない日記 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
だから去勢術は生後七、八十日の雛に限る。去勢せんとする雛は施術前三十六時間即ち一昼夜半少しも食物を与えないで腸胃の中を空虚からにさせる。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それを引き上げると穴がある、中は空虚からだ。またどんと蹴る。穴がある。空虚からだ。そして三番目もまた空虚からであった。
病気はよくなったのですが、もう私には世の中がすっかり空虚からになったようで、ただ生きておるというばかりでした。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
葉子は、瞬間、ハッと胸の中が、空虚からになったように感じた。それと同時に、こみ上げて来たのは、クラクラするような、倒錯した恍惚感だった……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
つえには長く天秤棒てんびんぼうには短いのへ、五合樽ごんごうだる空虚からと見えるのを、の皮をなわがわりにしてくくしつけて、それをかついで
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私は空虚からのような心でもってぼつりとしているようだ。今はなおさら、そう思われる。そして、一種の捕え難い哀しさが心に薄く雲がかかるようになっている。
黄昏 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
これ、ね、中が空虚からになっている。銅貨で作った何かの容器なんだ。なんと精巧な細工じゃないか、一寸見たんじゃ、普通の二銭銅貨とちっとも変りがないからね。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
懐中ふところを探ると、燐寸まっちの箱は空虚からであった。彼は舌打したうちして明箱あきばこほうり出した。此上このうえは何とかして燐寸を求め得ねばならぬ。重太郎は思案して町のかたへ歩み去った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人の降りてしまった空虚からの船で、千鶴子とジブラルタルを廻る旅の楽しさを思わぬでもなかったが、しかしそれより今千鶴子と別れ彼女がパリへ来る日を待っている方が
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
日がかたむくとソヨ吹きそめた南風みなみが、夜に入ると共に水の流るゝ如く吹き入るので、ランプをつけて置くのが骨だった。母屋の縁に胡座あぐらかいて、身も魂も空虚からにして涼風すずかぜひたる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
……のみならず何とのう中味が空虚からになっているような手応えでは御座いませぬか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一つの部落へ着いた時、不思議にも部落は空虚からであった。一人の土人の姿もない。そこで一行は安心して部落の空地へ天幕を張って、その夜の旅宿をそこに定め各〻眠りにつこうとした。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「まったくかも知れません、何しろ、この誓文払の前後に、何千すじですかね、黒焼屋のかめ空虚からになった事があるって言いますから。慾は可恐おそろしい。悪くすると、ぶら提げてるのに打撞ぶつからないとも限りませんよ。」
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたしはまつた空虚からである。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
空虚からの棺桶は、ローマの国会議事堂前へなぞらえた壇の下に、えられていたが、これはふたたび女生徒に担がれて講堂入口の方へはこばれた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
都合のいゝことには、客間へは、皆が晩餐ばんさんの席に着いてゐる客間を通らなくても、他に入口があつた。部屋は空虚からであつた。
それは空虚からになつためしつぎをかへときなかれてやるためであつた。めしつぎには大抵たいてい菱餅ひしもち小豆飯あづきめしとがれられてあつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ジェルミノールさんの邸は直ちに警官で厳重に警戒し、総監は病床に付き切りでしたが、ジェルミノールさんが、死なれたので、金庫を開けて見ると、中は空虚から……
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
長羅の細まった憂鬱な眼は、踊りをはずれて森の方を眺めていた。君長は空虚から酒盃さかずきを持ったまま、忙しそうに踊りの中へ眼を走らせながら、再び一人の婦人を指差していった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
第一の穴は行止ゆきどまりになっていて、別に何者をも発見しなかった。第二の穴も空虚からであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「行くのかい。さよなら、えい、畜生ちくしょう、その骨汁ほねじるは、空虚からだったのか。」
その形の氣高い圓味をかくも美しく見せてゐる半分空虚からになつたコップ(その厚いガラスの底の透明なことはまるで日光を凍らしでもしたやうだ)薄暗いなりに照明あかりできらきらしてゐる葡萄酒の殘り
プルウスト雑記:神西清に (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
ところが、そのアントニオは、空虚からの棺桶を前にしては、一向力も感じも出てこないため、どうしても熱弁がふるえないという苦情を申立てた。——
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
卯平うへいにはつたまゝ空虚からになつてさうして雨戸あまどとざしてある勘次かんじいへ凝然ぢつた。いへやつれてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
落ちました。初め操縦士と合図しといて落下傘で飛び降りてから、その後の空虚からの飛行機へ光線をあてたのです。うまくゆきましたよ。操縦士と夕べは握手して、ウィスキイを
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
正親 内は空虚からぢや。藻拔の殼ぢや。鬼も人も棲んでゐるやうに思はれぬ。はてなう。
能因法師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
もとはこの穴は空虚からじゃなかったんだ。ルイ十四世とルイ十五世の時、とうとうこの宝物ほうもつつかっちゃったんだよ。しかし第六番目は空虚からじゃない。ここはまだ誰も手をつけていない。
同じような操作がくりかえされたが、これも開かれた内部は、第一のタンクと同じく、空虚からだった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
甲谷の話を振払うように、左右を見たり、空虚からのお茶をすすったりしながら早口にいった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その形は、夜店で売っている硝子の金魚鉢に似ていたが、内部は空虚からだった。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「中国人というのはこのパリを見ていても、みな人間の死んでしまった跡の空虚からばかりが眼につくんだね。また後へどこの馬の骨かしら這入って来るだろうぐらいに思ってるんじゃないか。」
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
僕は鬼神きじんのような冷徹さでもって、ミチミの身体をんだ空虚からの棺桶のなかを点検した。そのとき両眼に、けつくようにうつったのは、棺桶の底に、ポツンと一としずく、溜っている凝血ぎょうけつだった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
空虚からっぽだッ」
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)