よろこ)” の例文
旧字:
老時計商は先刻よろこばしい笑顔をして、その楽曲のことを言った。「実にいい。荒っぽいところがない。どのかども丸くなってる……。」
また突然にこの玉鬘を見せた時のよろこびぶりも思われないでもない、極度の珍重ぶりを見せることであろうなどと源氏は思っていた。
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
もとより雛のお客のもてなしは、かしずく女たちがすべてするのであったが、秀吉は彼女たちが嘻々ききとして離れないほどよろこんで見せた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その言葉は彼の知らない世界へ、——神々に近い「」の世界へ彼自身を解放した。彼は何か痛みを感じた。が、同時に又よろこびも感じた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのあおざめた、きよめてから間もない清らかな顔も、それから頭布からはみ出ている白い襟布までが何となく、よろこびに輝いたように見えた。
同乗するとうことが、信一郎には、さながら美しい夢のような、二十世紀の伝奇譚ロマンスの主人公になったような、不思議なよろこびを与えてれた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それがいかにもよろこびにあふれ、青春を持てあましている食後の夜の町のプロムナードの人種になって、特に銀座以外には見られぬ人種になって
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
バッハは最もよき慰藉いしゃであり、最もよき師父である。悲しみにも、よろこびにも、私は自分の心の反影をバッハの音楽に求める。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
その間も、師の蒲衣子ほいしは一言も口をきかず、鮮緑の孔雀石くじゃくいしを一つてのひらにのせて、深いよろこびをたたえた穏やかな眼差まなざしで、じっとそれを見つめていた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そうわれるおじいさんのおかおには、多年たねんがけたおしかたのついたのをこころからよろこぶとった、慈愛じあい安心あんしんいろただよってりました。
今迄随分限りなく愛されもし、酔いおぼれもした。肉のよろこびは、じゃが、どこまで繰り返しても同じこと……私は退屈した。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
草に結んだ露は夢からさめ、鈴蘭すずらんはいちはやく朝の鐘をならしました。草も木も太陽の方へあたまをあげて、よろこびました。
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
駅からすぐホテルへ来るまでの道に、太い街路樹の多く見えたのがず彼をよろこばしたが、それより案内された自分の部屋が何より彼の気に入った。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
撫でる様にして「秀子さんおよろこび成さい、あの死骸はお浦のでなく加害者も被害者も何者か分らぬと判決になりました」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
彼はもはや青ざめてもいず、また、うち沈んでもいなかった。その凜々りりしい顔は、若さの光に輝き、よろこびがその大きな黒い眼に生き生きとしていた。
わたしは街を歩むうち呉服屋ごふくやの店先にひらめ友禅ゆうぜんの染色に愕然がくぜん目をそむけて去った事もあった。若き日の返らぬよろこびを思い出すまいと欲したがためである。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
昔の貴人公子が佩玉はいぎょくを楽んだように、かちりと前歯に当る陶器のかすかな響には、鶴や若松を画いた美しい塗盃ぬりさかずきよろこびも、忘れしめるものがあった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
平素ふだんから退ものにされるのは其生徒。けふも寂しさうに壁に倚凭よりかゝつて、みんなよろこび戯れる光景ありさまを眺め乍ら立つて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
……それから数分ってから初めて、私はやっと自分の腕の中に彼女がいることに気がついたように、何んともかんとも言えないよろこばしさを感じ出した。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
人間の神経をこてで焼くように重苦しい、悩ましい、魅惑的な夜であった。極度のよろこびと、限りなき苦しみとの、どろどろに溶け合ったような一夜であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
突然、その深い静謐せいひつのうちに、新しい音響が起こった。天来のきよい名状すべからざる響きで、前の音が恐ろしかったのに比べて実によろこばしい響きであった。
やみにもよろこびあり、光にもかなしみあり、麦藁帽むぎわらぼうひさしを傾けて、彼方かなたの丘、此方こなたの林を望めば、まじまじと照る日に輝いてまばゆきばかりの景色。自分は思わず泣いた。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
からだじゅうをくすぐるような生のよろこびから、ややもするとなんでもなく微笑が自然に浮かび出ようとした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
甲——よし、それなら、君達は、その「苦しみ」を「苦しみ」として享け容れ、その「苦しみ」を「苦しむ」ことによつて、どんな「よろこび」を感じてゐるのだ。
「明るい文学」について (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
そのまま横になりて、翌朝九時ようよう大阪に着けば、藤井の宅の妻子および番頭小僧らまで、主人の帰宅をよろこび迎え、しかも妾の新来をいぶかしうも思えるなるべし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
老母あはれみて四四をさなき心をけ給はんや。左門よろこびにへず。母なる者常に我が孤独をうれふ。まことあることばを告げなば、よはひびなんにと、ともなひて家に帰る。
嫩葉わかばえ出る木々のこずえや、草のよみがえる黒土から、むせぶような瘟気いきれを発散し、寒さにおびえがちの銀子も、何となし脊丈せたけが伸びるようなよろこびを感ずるのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その恩滴したゝりは野の牧場まきをうるほし、小山はみなよろこびにかこまる。牧場はみなひつじの群を、もろ/\の谷は穀物たなつものにおほはれたり。彼等はみなよろこびてよばはりまたうた
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
狂女は果してざりけり。よろこへるお峯も唯へる夫も、褒美もらひし婢も、十時近きころほひには皆寐鎮ねしづまりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
顔にはよろこばしさにまじって打ち解けない表情があった。唇を動かしてはいたが声には出さなかった。彼の態度は堅苦しいものになって、はっきりと叫んで言うには
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
それだのに彼は今ここに立って、云うばかりない清新の感にうたれて子供のようによろこばしくなって来た。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
スリの御用ずみの贓品ぞうひんをひそかに所持していることに、ぼくは共犯者のそれのような、あのやましげなスリルと、秘密の悪事に荷担する奇怪なよろこびをおぼえたのだ。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
彼女を自分ひとりの所有ものにして楽しんでいる限りなきよろこびが、そのためにたちまち索然として、生命いのちにも換えがたい大切な宝がつまらない物のような気持になった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
甲斐々々かひがひしいゆき子の姿を、富岡は不思議さうに眺め、二人だけのよろこびが、ひそかに営まれてゐるのを盗人の心理で眺めてゐた。二階では犬がやかましく吠えてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
外賓に供するに現なまのトルーフルと緑色の海亀肉を用いたらそっちもよろこびこちらも儲けると、今更気付いた人あって、足下そっかは当世の陶朱子房だから何分播種はしゅしくれと
車中の婦人はこれが始終を見物しながら、貴族たる権威の発表せられしをよろこべる色ありきという。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その様子は私をぎょっとさせた、——が、とにかくどんなことでも、いままで長く辛抱してきた孤独よりはましなので、私は彼の来たことを救いとしてよろこび迎えさえした。
◯次の第七節に言う「かの時には晨星あけのほしあいともに歌い、神の子たち皆よろこびてよばわりぬ」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
いかに彼のつかれけがれた脈管がしずかなよろこびでふくらみ、新しい日を祝福し、幼年の無邪気さをもって春の影響を感じているかを見ては、すべての彼の罪科は忘れられてしまう。
無心なものは彼を誘って、もっと無邪気に生活のよろこびに浸らせようとするのだった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そこで衆愚心理を見破つて、これを正しく用ゐるのが良い政治家や軍人で、これを吾が都合上に用ゐるのが奸雄かんゆう煽動家せんどうかである。八幡大菩薩はちまんだいぼさつの御託宣は群衆を動かした。群衆は無茶によろこんだ。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
隠しようのない混乱とふしぎなよろこびの感情を、信乃は今でもありありと思いだすことができる……それから約半年ばかり後のことだったろう、青井川のあしの中で、ふいに信乃は知也に抱かれた。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
よろこばしさに若い男のしおれた五体はね起きて、女の肩へ手をかけて
あらゆる山がよろこんでゐる
山の歓喜 (新字旧仮名) / 河井酔茗(著)
ああよろこびの朝の舞
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「結構なお話です。母も聞いたらよろこびましょう。……けれど、親子の中にも礼儀ですから、一応、母にも告げた上でご返辞を……」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
シュルツのよろこびは、満足してるクリストフの歓びよりも、得意げなポットペチミットのそれよりも、さらに楽しい深いものだった。
彼は巻煙草に火もつけずによろこびに近い苦しみを感じてゐた。「センセイキトク」の電報を外套のポケツトへ押しこんだまま。……
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
窓の外の木々の葉のささやきを聴きながら、かの女はしばら興醒きょうざめた悲しい気持でいた。すると何処かで、「メー」と山羊やぎが風をよろこぶように鳴いた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
『これでようやくトーキーができがった……』私達わたくしたちはそんなことってよろこんだものであります。『小櫻姫こざくらひめ通信つうしん』はそれから以後いご産物さんぶつであります。