やはらか)” の例文
麥色の薔薇ばらの花、くくりの弛んだ重い小束こたばの麥色の薔薇ばらの花、やはらかくなりさうでもあり、かたくもなりたさうである、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
うなじからかたおもふあたり、ビクツと手応てごたへがある、ふつと、やはらかかるく、つゝんで抱込かゝへこむねへ、たをやかさと重量おもみかゝるのに、アツとおもつて、こしをつく。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼が鴫沢しぎさわの家に在りける日宮を恋ひて、その優き声と、やはらかき手と、温き心とを得たりし彼の満足は、何等のたのしみをも以外に求むる事を忘れしめき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そのとなりの庭には、開き戸の側に、南天の木のやはらかい葉の茂つた一と株があつて、白い粒々の花がいくつも附いてゐる。
女の子 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
熊手をあげてわしが口へやはらかにおしあてる事たび/\也しゆゑ、ありの事をおもひだしなめてみればあまくてすこしにがし。
月の光は夕日の反映が西の空から消え去らぬ中、早くも深夜に異らぬ光を放ち、どこからともなく漂つてくる木犀の薫が、やはらかで冷い絹のやうに人の肌を撫る。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
さて深く息して聲を出すに、その力、そのやはらかさ、能くかく迄に至らんとは、みづからも初より思ひかけざる程なりき。火伴つれのものは覺えずかすかなる聲にて喝采す。
「どれ、寝るかな。」——二三時間の後、夫はやはらかな髭を撫でながら、大儀さうに長火鉢の前を離れた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
伯爵家の台所はかなり贅沢ぜいたくなものだが、それとは打つて変つて伯自身のお膳立ぜんだては伯爵夫人のお心添こゝろぞへで滋養本位のやはらかい物づくめなのでとんと腕の見せどころが無いさうだ。
やはらかい、弾力のあるベッドに寝てゐると、仲々寝つかれない。太棹ふとざをの三味線でも聴いてゐるやうに、食用蛙が、ぽろんぽろんと雨滴のやうに何時までも二人の耳についてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
何の罪なく眠れるものを、たゞ一打ひとうちととびかゝり、鋭いつめでそのやはらか身体からだをちぎる、鳥は声さへよう発てぬ、こちらはそれを嘲笑あざわらひつゝ、引き裂くぢゃ。何たるあはれのことぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
それからといふものは、風早は毎朝其の橋を渡りかけると、やはらかな微笑が頬にのぼる。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
それをきいて人の顔をじろじろ見ながらうなづいてた先生はものやはらか
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
うち絶えつ、またも響くやはらかかをりのうちから
北原白秋氏の肖像 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
何時しらず、やはらかかに陰影かげしてぞゆく。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
この仇無あどないとしらしき、美き娘のやはらかき手を携へて、人無き野道の長閑のどかなるをかたらひつつ行かば、如何いかばかり楽からんよと、彼ははや心もそらになりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
(それでは恁麼こんなものでこすりましてはやはらかいおはだ擦剥すりむけませう、)といふと綿わたのやうにさはつた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やはらかな円みの上に、かすかなくぼみが、うすく膚膩あぶらをためてゐる——その膝がわかつたのだ。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
何方どちちかと謂へば、落着おちつついた、始終しじう やはらかなみたゝよツてゐる内氣うちきらしい眼だ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
あつ時分じぶんぢやが、理屈りくつをいふとうではあるまい、わしいたせいか、婦人をんな温気ぬくみか、あらつてくれるみづいゝ工合ぐあひみる、もツとたちみづやはらかぢやさうな。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なまじひに、くどく、すすめるよりは、自分ですすつて見せる方がいいと思つたからである。所が、まだ茶碗が、やはらかな口髭にとどかない中に、婦人のことばは、突然、先生の耳をおびやかした。
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あ、いた! さう強くくから毎々球がころげ出すのだ。風早の球はあらいから癇癪玉かんしやくだまと謂ふのだし、遊佐のは馬鹿にやはらかいから蒟蒻玉こんにやくだま。それで、二人の撞くところは電公かみなり蚊帳かや捫択もんちやくしてゐるやうなものだ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
といつて手先てさきやはらかてのひらさはると第一番だいいちばん次作兄じさくあにいといふわかいのゝ(りやうまちす)が全快ぜんくわい、おくるしさうなといつてはらをさすつてるとみづあたりの差込さしこみまつたのがある
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
くびめてころさばころせで、這出はひだすやうにあたま突附つきつけると、真黒まつくろつて小山こやまのやうな機関車きくわんしやが、づゝづと天窓あたまうへいてとほると、やはらかいものがつたやうな気持きもちで、むねがふわ/\と浮上うきあがつて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
本章ほんしやういてある、かたいが、ものやはらかにあはれである。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
雪枝ゆきえしぼつて湧出わきいづるやうに、あつい、やはらかなみだながれた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)