手燭てしょく)” の例文
手を取って引上げぬばかり、後ではさすがにはしたないと気が付いたか、女房のお静が持って来た手燭てしょくの灯の中に苦笑しております。
手燭てしょく提灯ちょうちんもなくして平気で歩いて行けるから、座敷さえ教え込んでしまえば、ほうり出して置いて手数のかからないこと無類です。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
されどもかれは聞かざる真似して、手早くじょうを外さんとなしける時、手燭てしょく片手に駈出かけいでて、むずと帯際を引捉ひっとらえ、掴戻つかみもどせる老人あり。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
満腹の友情にあふれる笑い口から誘われて、ぬっと手燭てしょくの光野へ踏みこんできた人影を見ると……つんつるてんのぼろ一枚に一升徳利。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おしのは持っていた釵を投げだして、中廊下へ出てゆき、納戸から手燭てしょくを取って来ると、それに火をつけて、女中部屋へはいっていった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
屏風びょうぶそう手燭てしょくちょう、燭台何挺、火鉢ひばち何個、煙草盆たばこぼん何個、草履ぞうり何足、幕何張、それに供の衆何十人前の膳飯ぜんぱんの用意をも忘れてはならない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
従来は附木つけぎだけはあったが「はや」なる形容詞をかぶせて通用させようとしても通用しなかった。「ランプ」を行燈あんどんとも手燭てしょくとも翻訳ほんやくしない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そう言って、風間老看守は、手燭てしょく蝋燭ろうそくに火をつけようとするのだが、手がふるえて火が消えるので、何度も何度もマッチをすりつづけた。
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
手燭てしょくを畳の上に置きながら、そう言って、何か重いものを次郎の背中の近くにほうり出した。そして、そのまま下に降りて行ってしまった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
と、手燭てしょくをかざして、寺の庭を、奥ふかくまで導きながら、羽柴家の人々は、交〻こもごもにいい訳をのべて、客に謝するのであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蝋燭ろうそくにホヤをはめた燭台しょくだい手燭てしょくもあったが、これは明るさが不充分なばかりでなく、何となく一時の間に合せの燈火だというような気がする。
石油ランプ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夜半滝のような大雨の屋根を打つ音にふと目をさますとどこやら家の内に雨漏あまもりしたたり落るようなひびきを聞き寝就かれぬまま起きて手燭てしょくに火を点じた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
文治はそれと心付きまして、手燭てしょくを持って台所の戸を明けますと、表はみぞれまじりにふりしきる寒風に手燭は消えて真黒闇まっくらやみ
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
和尚は手槍てやりを小脇にかい込んで、忍び足に本堂の方へ行く。後には比丘尼びくに梵妻ぼんさい手燭てしょくそでにおおいながらついている。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
闇に四隣寂寥しりんせきりょうとして手燭てしょくの弱いに照らされた木立の影が長く地にいんせられて時々桐の葉の落ちる音がサラサラとするばかり、別に何物も見えない。
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
むかしはここに立つ人おのおの手燭てしょく持つ習いなりしが、いま廊下、階段にガス燈用いることとなりて、それはやみぬ。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
廊下にとも金行灯かなあんどん二尺にしゃく四方もある鉄網てつあみ作りの行灯を何十台も作り、そのほか提灯ちょうちん手燭てしょく、ボンボリ、蝋燭ろうそく等に至るまで一切取揃とりそろえて船に積込つみこんだその趣向は
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
父は枕もとの手燭てしょくをとぼして、縁側へ出ました。母も床の上に起き直って様子をうかがっているようです。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あとで女房は、手燭てしょくをともして、玄関に出て見ると、小判は無かった。理由のわからぬ戦慄せんりつを感じて
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そしてそれをかかえて、手燭てしょくを吹き消しながら部屋へやを出ようとすると、廊下に叔母おばが突っ立っていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
仕方なしに、おあいは手燭てしょくともして、夫が目をさまさないように、そっと玄関から前庭へと出た。
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
そのうちに七人は直ぐに自分の傍まで近付いて来たが、その持っている手燭てしょくの光りで四方あたりを見ると、ここは又大きい広い、そうして今の廊下よりもずっと見事なへやである。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
念のために、名人は、軸のうえ、天井、左右のぬり壁、軸の下、残るくまなく手燭てしょくをさしつけて見しらべました。しかし、軸の外には血らしいものの飛沫ひまつ一滴見えないのです。
祖父は階下したにおりて金函かねばこの前にすわったが、手がふるえて手燭てしょくへなかなか火がつかなかった。
手燭てしょくをつけて一匹ずつ焼くなんて面倒な事は出来ないから、釣手つりてをはずして、長くたたんでおいて部屋の中で横竪よこたて十文字にふるったら、かんが飛んで手のこうをいやというほどった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何時いつかこの二日三日前、周防様すおうさまと二人で、こく過ぎ、お廊下を見廻みまわっておりますと、怪しい人影が御寝所の唐戸からどを開けて、出てまいりましたから、手燭てしょくをさしつけましたところ
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
手燭てしょくをともし、庭におり、戸をあけて外を透かして見る)あら(叫ぶ。外に一度飛んで出る。それからまた内にはいる)左衛門殿。早く来てください。来てください。(外に飛び出る)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それでも気丈な女だけに、手燭てしょくを上げて、おずおず相手の顔を見遣りながら
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
引き出しからマドレーヌ氏の室のかぎを取り出し、毎晩マドレーヌ氏が自分の室に上がってゆく時に使っていた手燭てしょくを取り上げて、それから、マドレーヌ氏がいつも取ってゆくくぎに鍵をかけ
「藤、手燭てしょくをもっとつきつけてみい! フウム……ちかごろやといいれた飯たきじゃな! 女! 何が故にわしの食事へ毒を盛ろうとした? だれにたのまれてそちは毒を盛ろうとしたのじゃ?」
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と、幸子が土間をのぞき込んだ時、お春がうしろから手燭てしょくをさしかけた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
Z君に言われて、横に長い須弥壇しゅみだんの前の金具をなるほどおもしろいと思った。仏前に一つずつ置いてある手燭てしょくのような格好の木塊に画かれた画もおもしろかった。色の白い地蔵様もいい作だと思った。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
彼は枕許の手燭てしょくに火をつけて、小用こように起き上った。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さあきた、手燭てしょくがおとこへおまえをてらしにきた。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
といいながら花鋏はなばさみ手燭てしょくをもっておりてきた。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
手燭てしょくして善き蒲団出す夜寒かな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
私は手燭てしょくもつけずに、大急ぎで戸を開けてやりました。すると、庭にしょんぼり立って居るのは、矢張りお新で、私の顔を見ると
すっかり暗くなった頃、俊亮が手燭てしょくをともして二階に上って来た。彼はしばらく立ったまま次郎の様子を見ていたが
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
むかしはここに立つ人おのおの手燭てしょく持つ習なりしが、いま廊下、階段に瓦斯燈ガスとう用ゐることとなりて、それはみぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
主膳が九尺柄の槍を取って、かの暗澹たる鎧櫃の間へ走り込んだのを、お絹は引留めようともせずに、手早く手燭てしょくともして、その跡を追いかけました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
宰八が手燭てしょくに送られて、広縁を折曲って、はるかに廻廊を通った僧は、雨戸の並木を越えたようで、故郷ふるさとには蚊帳を釣って、一人寂しく友が待つおもいがある。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蛾次郎がじろうがおどおどしながら、細工場さいくばのとなりの雨戸をあけて、ひろい土間へはいると、手燭てしょくをもって奥からつかつかとでてきたのは、主人の卜斎ぼくさいであろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
外の椽側えんがわに置いた手燭てしょくが暗い庭をななめに照らしているその木犀もくせいの樹のそば洗晒あらいざらしの浴衣ゆかたを着た一人の老婆が立っていたのだ、顔色は真蒼まっさおで頬はけ、眼は窪み
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
新井町の山三郎は真堀の定蓮寺の本堂の床下にうずめてある棺桶の蓋を取ると、この中に灯火あかりが点いておりまして、手燭てしょくに蝋燭が点いて、ぼうっと燃えております。
眠りがたいあまりに、彼は寝床からはい出して、手燭てしょくをとぼしながら囲炉裏ばたの勝手の方へ忍んだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし結局さからってはかえって悪いと考えたようすで、手燭てしょくに火を移して出ていった。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さっき宵の口に、源三郎の夕餉ゆうげに給仕に出た少年が、先に立って手燭てしょくをささげている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
父親は横になるとせがれも横になった。女はそれを見ると手燭てしょくを持ってともへ往った。
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
途端に裸ながらの手燭てしょくは、風に打たれてと消えた。外は片破月かたわれづきの空にけたり。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なにものか手ごたえせるより、「手燭てしょくよ、松明たいまつよ」
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)