彷徨うろつ)” の例文
同時にまた松山の狭い天地を出て初めて大きな都に出たという満足の下にその千年前の旧都を飽きもせずに彷徨うろつき廻る日も多かった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
品川の停車場ステーションでお若が怪しい様子に付けこんで目を放さない気味のわるい男は、下谷坂本あたりを彷徨うろついております勘太かんたという奴。
彼はこのよいの自分を顧りみて、ほとんど夢中歩行者ソムナンビュリストのような気がした。彼の行為は、目的あてもなく家中うちじゅう彷徨うろつき廻ったと一般であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ああ、少年は火葬場に骨拾いに来る人を待ち受けて施与ほどこしを貰うために、この物淋しい月の夜をこんなところに彷徨うろついているのだ。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
或る一事とは、乃ち昔自分が夜の盛岡を彷徨うろついて居た際に起つた大奇談である。——或夜自分は例によつて散歩に出懸けた。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
あいつは昨夜ジナイーダが結婚すると云う噂に亢奮して、終夜よっぴてこの周囲ぐるり彷徨うろつき歩いていたと云うのだがね。しかし、あの男は犯人じゃない。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
また町の三階造の宿屋の窓硝子まどガラスがぎらぎらと黄金色に輝いていた。太吉は町の中を彷徨うろついていた。馬が荷車を引いて通った。人力が駆けて行った。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
親戚みよりも無し、職業しょうばいも無し、金も無いの人が、これから他国を彷徨うろついて、末はうなることであろう。何時いつまでも乞食をしているよりほかはあるまい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
モン長 げに、幾朝いくあさも/\、まだつゆなみだ置添おきそへ、くもには吐息といきくもくはへて、彷徨うろついてゐるのを見掛みかけたとか。
マウパツサンの墓が見附からないので広い墓地を彷徨うろついて探して居ると、瑠璃紺るりこんの皺だらけのマントウをはふつた老人としよりの墓番が一人通つたので呼留よびとめて問うた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「困るたって、それを解決しなければ、永久にこうして亡者として、八方塞がりの籠の中を、うろうろ彷徨うろついて、無意味に行きつ戻りつしていなけりゃならん」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
肝腎かんじん稼業かげふのお稽古もしないで、色情さかりのついた犬みたやうに、一體何處どこ彷徨うろついて歩いてゐるんだよ。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
多少いくらか纏まった銭が骨折れずに入った時であったから、何時もちょび/\本を売っては可笑おかしな処ばかしを彷徨うろついていたが、今日は少し気楽な贅沢が為て見たくなって
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
出稼ぎして諸方を彷徨うろついてゐた方が、ひもじいおもひをしない、寝泊ねどまりする処にも困らない。生れた村には食物くひもの欠乏たりなくてみんな難渋なんじふしてゐるけれど、余処よそ其程それほどでもない。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
このほど死んだワレス氏が六十年前シンガポールに寓した時常に近所を彷徨うろつく虎若干ありて、新開の阿仙薬園アンビエルえんに働く支那人を平均日に一人ずつ殺したと『巫来群島篇ゼ・マレー・アーキペラゴ
ブラリと家を出て、復た日の暮れる頃まで彷徨うろついた三吉は、離縁という思想かんがえを持って帰って来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
師の家を出てから、弟子の慶四郎は伊豆箱根あたりを彷徨うろついているといううわさであった。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彷徨うろつきながら、見ぬ振をして横目でチョイチョイ見ていると、お糸さんが赤いたすきに白地の手拭を姉様冠あねさまかぶりという甲斐々々しい出立いでたちで、私の机や本箱へパタパタと払塵はたきを掛けている。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
僕の様に毎日々々遊んで彷徨うろついて暮すと別に不愉快な事もない。大臣になつて乾分を
黄昏たそがれの白いもやが、片側の崖の森から往来へ淡く立ちこめていた。よく分らないが、たしかに女である。目黒門の外にたたずんで、時折、塀のふし穴でもさがすように彷徨うろついているのだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
卯平うへい自分じぶんからつくつたつみといふものはほとんどられなかつた。たゞかれ盛年さかりころ傭人等やとひにんらともねこころしてべてた。もつとそのころねこでもいぬでも飼主かひぬしはなれてにはとりねらふのが彷徨うろついた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
家の前を彷徨うろついてゐたのだらうゆき子の姿が眼に浮んで来る。ゆき子はハンカチを外套のポケットから出して眼を拭いた。思ひがけなく、そのハンカチは、富岡がダラットで使つてゐたものであつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
その時からお屋敷の附近を彷徨うろつき始めました。
美人鷹匠 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
或る一事とは、乃ち昔自分が夜の盛岡を彷徨うろついて居た際に起つた一奇談である。——或夜自分は例によつて散歩に出懸けた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
十時に物産会社から特に出してれるランチに乗る迄には四時間以上もあるので、四馬路スマロの方へ掛けて雑沓ざつたふの中をぶらぶらと彷徨うろつき廻つたが容易に時間は経たない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
其の職其の身にもあらぬためかえって罪となりつるか、かゝる無人島に彷徨うろついていたずらに乾殺され、後世人の笑いを受けるより、いっそ此の場に切腹していさぎよく相果て申さん
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼女かれ流石さすが狂人きちがいではない。吹雪ふぶきの中を的途あてども無しに駈け歩いたとて、重太郎の行方は知れそうも無いのに、何時いつまで彷徨うろついているのも馬鹿馬鹿しいと思った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お島は昔気質むかしかたぎ律義りちぎな父親に手をひかれて、或日の晩方、自分に深い憎しみを持っている母親のあらい怒と惨酷ざんこく折檻せっかんからのがれるために、野原をそっち此方こっち彷徨うろついていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「一体こんな時刻に、どうしてこの辺を彷徨うろついているのだね。僕は地方裁判所の検事なんだが。」
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
代助は今朝けさ此所こゝた。ひるからも町内を彷徨うろついた。下女が買物にでもる所をつらまへて、三千代の容体を聞かうと思つた。然し下女は遂に出てなかつた。平岡の影も見えなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
お宮は、心は何処を彷徨うろついているのか分らないように、懐手をして、呆然ぼんやり窓の処に立って、つま先きで足拍子を取りながら、何かフイ/\口の中で言って、目的あてもなく戸外そとを眺めなどしている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
私は内々ないない其を心待にしていて、来ると急いで部屋を出て椽側を彷徨うろつく。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
寧ろ広漠な東京市中をただ訳もなく彷徨うろつき廻る日の方が多かった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
澄み切つた鋼鐵色の天蓋をかついで、寂然と靜まりかへつた夜の盛岡の街を、唯一人犬の如く彷徨うろつく樂みは、其昔、自分の夜毎に繰返すところであつた。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
出来るだけ立派な身装なりをして、自身浅井の知合いの家を尋ねまわるかと思うと、絶望的な蒼い顔をして、髪も結わずに、不断着のままで子供をつれて近所を彷徨うろついたり
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
代助は今朝も此所ここへ来た。ひるからも町内を彷徨うろついた。下女が買物にでも出る所をつらまえて、三千代の容体を聞こうかと思った。然し下女は遂に出て来なかった。平岡の影も見えなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
併しさすがに以前の理想では満足出来ん所から、新理想主義になって来たんだ。文学の方で最近の傾向はシンボリズムとか、ミスチシズムとか云うのだが、イズムのうち彷徨うろついてるうちや未だ駄目だね。
私は懐疑派だ (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
澄み切つた鋼鉄色かうてついろの天蓋をかづいて、寂然じやくねんと静まりかへつた夜の盛岡の街を、唯一人犬の如く彷徨うろつく楽みは、其昔、自分の夜毎に繰返すところであつた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
松公はこの四五日、姿も見せない。お大は頭腦あたまも體も燃えるやうなので、うちじつとしてゐる瀬はなく、毎日ぶら/\と其處そこら中彷徨うろつきまはつて、妄濫むやみやたらと行逢ふ人に突かゝつて喧嘩をふつかけて居る。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
渠は恁麽こんな事を止度とめどもなく滅茶苦茶に考へ乍ら、目的あてもなく唯町中を彷徨うろつき𢌞つて居た。何處からどう歩いたか自身にも解らぬ。洲崎町の角の煙草屋の前には二度出た。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
当てどもなしに彷徨うろついているその姿が見出されたり、どこへも入りそびれて、思いがけない場末に、人気の少い鶏屋とりやなどの二階の部屋の薄白い電燈の下で、淋しい晩飯にありついていたりした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
渠は恁麽こんな事を止度もなく滅茶苦茶に考へ乍ら、目的あてもなく唯町中を彷徨うろつき廻つて居た。何処からどう歩いたか自身にも解らぬ。洲崎町の角の煙草屋の前には二度出た。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
田舎から来た人たちも、皆な着替えをすまして、そこらに彷徨うろついていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
不図したら、猟銃を肩にしたツルゲネーフが、人の好ささうな、髯の長い、巨人の如く背の高い露西亜の百姓と共に、此処いらを彷徨うろついて居はせぬかといふ様な心地がする。
雪中行:小樽より釧路まで (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
又、「エイ、エイッ」と馬丁の掛聲勇ましき黒塗馬車の公道を嫌つて、常に人生の横町許り彷徨うろついて居る朱雲がかゝる男と相知るの必ずしも不合理でない事もうなづかれる。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
又、「エイ、エイツ」と馬丁の掛声勇ましき黒塗馬車の公道を嫌つて、常に人生の横町許り彷徨うろついて居る朱雲がかゝる男と相知るの必ずしも不合理でない事もうなづかれる。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
風の寒い浜辺を、飢ゑて疲れて、古袷一枚で彷徨うろつき乍ら、其檣を眺むるともなく眺めて「破船」といふことを考へた。そして渠は、濡れた巌に突伏して声を出して泣いた事があつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
風の寒い濱邊を、飢ゑて疲れて、古袷一枚で彷徨うろつき乍ら、其檣を眺むるともなく眺めて「破船」といふことを考へた。そして、渠は、濡れた巖に突伏して聲を出して泣いた事があつた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
暫らく其材木のはしに腰掛けて、昔の事を懷うて見ようかとも思つたが、イヤ待てこんな晝日中に、宛然さながら人生の横町とつた樣な此處を彷徨うろついて何か明處あかるみで考へられぬ事を考へて居るのではないかと
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
イヤ待てこんな昼日中に、宛然さながら人生の横町と謂つた様な此処を彷徨うろついて何か明処あかるみで考へられぬ事を考へて居るのではないかと、通りがかりの巡査に怪まれでもしては、一代の不覚と思ひ返して止めた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)