“郭嘉(かくか)” の例文
「わが世子たりとも軍法をみだすにおいては、断乎(だんこ)免じ難い。荀攸(じゅんゆう)、郭嘉(かくか)、其方どもはすぐ曹丕(そうひ)を召捕ってこい。斬らねばならん」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
謀議の室を閉じて、ふたりがこう議しているところへ、ちょうど郭嘉(かくか)が入ってきた。郭嘉もまた曹操が信頼している帷幕(いばく)のひとりである。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
諸軍の巡検から許都に帰ってきた郭嘉(かくか)は相府に出て、初めて玄徳の離京と、大軍を借りうけて行った事実を知り
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは曹操へ向って、郭嘉(かくか)がすすめた言葉であった。曹操も、実(げ)にもと頷いて、急に総引揚げを断行した。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、荀彧は、きのう郭嘉(かくか)がのべた意見と同じように、両者の人物を比較して、その得失を論じた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郭嘉(かくか)には、文を書かせ詩でも作らせておけば足る。張遼には、鼓(つづみ)の皮でも張らせ、鉦(かね)をたたかせたら上手かも知れん。許褚(きょちょ)には、牛馬や豚を飼わせておけばよくやるだろう。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして易州(えきしゅう)まで来ると、曹操にとって、不慮の心配事ができた。それは彼を扶けて常に励ましてきた郭嘉(かくか)が、風土病にかかって、輿(こし)にも乗っているにたえなくなったことである。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「夢に故人を見たのだ。——遼東(りょうとう)の遠征に陣没した郭嘉(かくか)が、もし今日生きていたらと思い出したのだ。予も愚痴をいう年齢(とし)になったかと思うと、それも悲しい。諸将よ、笑ってくれ」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また甥の荀攸(じゅんゆう)も、行軍教授(こうぐんきょうじゅ)として、兵学の才を用いられて仕え、そのほか、山中から招かれて来た程昱(ていいく)だの、野に隠れていた大賢人(だいけんじん)郭嘉(かくか)だの、みな礼を篤うしたので、曹操の周囲には
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「哀しいかな郭嘉(かくか)。痛ましい哉、奉考(ほうこう)……ああ去って再びかえらず」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
袁紹と自分とを、一個一個の人間として較べるなら郭嘉(かくか)が
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、郭嘉(かくか)に向って、なお、余憤をもらした。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)