裁物板たちものいた)” の例文
その飾りつけも町屋風まちやふうで、新しい箪笥の上に、箱に入った人形や羽子板や鏡台が飾ってあり、その前に裁物板たちものいたや、敷紙などが置いてあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その上彼はその日から今日きょうに至るまで、ついぞ針を持って裁物板たちものいたの前にすわった細君の姿を見た事がなかった。彼は不思議の感に打たれざるを得なかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お雪は気の毒そうに、「そうですねえ……じゃ、豊世さんの裁物板たちものいたと、それから張板でも譲って頂きましょうか」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
清三の母親は裁物板たちものいたに向かってまだせっせっと賃仕事をしていた。茶を入れてもらってまた一時間ぐらい話した。語っても語ってもつきないのは若い人々の思いであった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「私は子がないので真実ほんとうにつまらない。」お庄と二人で裁物板たちものいたに坐っている時、叔母は気がふさいで来るとしみじみ言い出した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それが透けて見える深い軒先に近く叔母さんの形見の裁物板たちものいたも取出してあつた。復たお節は自分の縫物に取掛つた。お栄も側へ来て、姉妹きやうだい一緒に暮せる日数の段々少くなつた話などをした。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
姉は話しながら裁縫しごとの針を止めぬのである。前に鴨脚いちょうの大きい裁物板たちものいたが据えられて、彩絹きぬ裁片たちきれや糸やはさみやが順序なく四面あたりに乱れている。女物の美しい色に、洋燈ランプの光が明かに照り渡った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
客から註文のセルやネルの単衣物ひとえものの仕立などを、ちょいちょい頼みに来て、伯母と親しくしていたところから、時にはお島の坐っている裁物板たちものいたの側へも来て
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
年のころ四十ぐらいの品のいい丸髷まるまげった母親が、裁物板たちものいたを前に、あたりにはさみ、糸巻き、針箱などを散らかして、せっせと賃仕事をしていたが、障子があいて、子息せがれの顔がそこにあらわれると
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)