“舍人(とねり)” の例文
新字:舎人
議官(セナトオレ)は紫衣を纏ひて天鵞絨(びろうど)の椅子に坐せり。法皇の禁軍(このゑ)なる瑞西(スイス)兵整列したる左翼の方には、天鵞絨の帽(ベルレツタ)を戴ける可愛らしき舍人(とねり)ども群居たり。
天皇は皇后樣が山城を通つて上つておいでになつたとお聞き遊ばされて、トリヤマという舍人(とねり)をお遣りになつて歌をお送りなさいました。その御歌は
かれ白髮の太子(みこのみこと)の御名代(みなしろ)として、白髮部(しらがべ)を定め、また長谷部(はつせべ)の舍人(とねり)を定め、また河瀬の舍人を定めたまひき。この時に呉人(くれびと)三まゐ渡り來つ。その呉人を呉原(くれはら)四に置きたまひき。
(古例に依れば、この時議官足もておも立ちたる猶太の宿老の肩を踏むことありき。今は廢(すた)れたり。)事果つれば、議官の一列樂聲と倶(とも)に階を下り、舍人(とねり)等を隨へて、美しき車に乘り遷(うつ)れり。
兵を河の邊(べ)に隱し、またその山の上に、絁垣(きぬがき)一を張り、帷幕(あげばり)二を立てて、詐りて、舍人(とねり)を王になして、露(あらは)に呉床(あぐら)にませて、百官(つかさづかさ)、敬(ゐやま)ひかよふ状、既に王子のいまし所の如くして
と宣りたまひき。時に舍人(とねり)あり、姓は稗田(ひえだ)、名は阿禮(あれ)五、年は二十八。