矜恃きょうじ)” の例文
したがって武士の矜恃きょうじというものも喪われ、人にすぐれて敏感だった芭蕉に、その虚勢をはった武士の生活が堪えがたかったことを語っている。
決してその好意にすがろうとはせず、われなく人の合力ごうりきを求めるのはいやであると云う、矜恃きょうじを持っているかに見えた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
矜恃きょうじをもっていたから、そしてその誇りを一途いちずの心棒に生きていたから、貧窮の中でも魂は高雅であったが、又そのために彼の作品は文人的なオモチャとなり
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
河童としてこれまでもっていた矜恃きょうじなどはあとかたもなく消えてしまい、わたしは自分の不運をかこつこころさえ生じて、切なくかなしくなりました。わたしの愚かさをわらってください。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
算哲の真意を知ることが出来て——それには、法水の狂的な幻影としか思われない、屍様図の半葉が暗示されてくるのであるが——もしそうだとすれば、夫人の矜恃きょうじの中に動いている絶対の世界が
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
孤独と自我と自立には常に純粋といふオマジナヒのやうな矜恃きょうじがつきまとふこと、陋巷に孤高を持す芸術家と異るところはなかつたが、三成は己れを屈して衆に媚びる必要もあつたので
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
面白いおはなしのこの上なく上手な話し手としての名誉と、矜恃きょうじとを失った彼女は、渾沌こんとんとした頭に、何かの不調和を漠然と感じる十二の子供として、夢と現実の複雑な錯綜のうちに遺されたのである。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)