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相阿弥
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そうあみ
ふりがな文庫
“
相阿弥
(
そうあみ
)” の例文
旧字:
相阿彌
いわゆる大茶人と称せられる人々で
珠光
(
じゅこう
)
とか
紹鴎
(
じょうおう
)
とか
利休
(
りきゅう
)
とかまたは
相阿弥
(
そうあみ
)
のような人々である。下っては
光悦
(
こうえつ
)
らもそれらの間に列する。
工芸の道
(新字新仮名)
/
柳宗悦
(著)
足利義政
(
あしかがよしまさ
)
時代の大画家であり、鑑定家である
相阿弥
(
そうあみ
)
は、初期における花道の大家の一人であったといわれている。茶人
珠光
(
しゅこう
)
はその門人であった。
茶の本:04 茶の本
(新字新仮名)
/
岡倉天心
、
岡倉覚三
(著)
足利氏の時にも
相阿弥
(
そうあみ
)
その他の人〻、利休と同じような身分の人〻はあっても、利休ほどの人もなく、また利休が用いられたほどに用いられた人もなく
骨董
(新字新仮名)
/
幸田露伴
(著)
相阿弥
(
そうあみ
)
、
芸阿弥
(
げいあみ
)
の編した
蔵帳
(
くらちょう
)
、一名、
名物帳
(
めいぶつちょう
)
の筆頭にのっている天下の名器で、朝鮮渡来の茶壺である。
丹下左膳:02 こけ猿の巻
(新字新仮名)
/
林不忘
(著)
それから邦人の如雪、
芸阿弥
(
げいあみ
)
、
相阿弥
(
そうあみ
)
、
可翁
(
かおう
)
、黙庵、雪舟、雪村、あたりの東山時代の茶の湯以後の諸作を思いうかべてみると、そのどこかに、武蔵の画との共通がある。
随筆 宮本武蔵
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
▼ もっと見る
御承知の通り
牧谿
(
もっけい
)
だとか、あるいは
芸阿弥
(
げいあみ
)
だとか、
相阿弥
(
そうあみ
)
というような絵はいわゆる墨画でありますが、原料でいえばそんなものはいくらほどのものでもないと思うが、やはりそれが何万
古陶磁の価値:――東京上野松坂屋楼上にて――
(新字新仮名)
/
北大路魯山人
(著)
石州はかつて湖沼の草木を思わせるように水盤に水草を生けて、上の壁には
相阿弥
(
そうあみ
)
の描いた
鴨
(
かも
)
の空を飛ぶ絵をかけた。
茶の本:04 茶の本
(新字新仮名)
/
岡倉天心
、
岡倉覚三
(著)
江戸へ婿入りすることになりまして、柳生家
重代
(
じゅうだい
)
のこけ
猿
(
ざる
)
の
茶壺
(
ちゃつぼ
)
、
朝鮮渡来
(
ちょうせんとらい
)
の
耳
(
みみ
)
こけ
猿
(
ざる
)
という、これは、
相阿弥
(
そうあみ
)
、
芸阿弥
(
げいあみ
)
の編した
蔵帳
(
くらちょう
)
にのっている、たいそう結構な天下の名器だ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻
(新字新仮名)
/
林不忘
(著)
ことに、
相阿弥
(
そうあみ
)
の
蔵帳
(
くらちょう
)
、一名、
名物帳
(
めいぶつちょう
)
にまでのっている柳生家の宝物こけ猿の茶壺。
丹下左膳:02 こけ猿の巻
(新字新仮名)
/
林不忘
(著)
“相阿弥”の解説
相阿弥(そうあみ、生年不明 - 大永5年10月27日(1525年11月12日))は室町時代の絵師、鑑定家、連歌師。姓は中尾、名は真相(しんそう)、号は松雪斎・鑑岳。父は芸阿弥、祖父は能阿弥。
(出典:Wikipedia)
相
常用漢字
小3
部首:⽬
9画
阿
漢検準1級
部首:⾩
8画
弥
常用漢字
中学
部首:⼸
8画
“相阿”で始まる語句
相阿彌