はるか)” の例文
ただ斯様かように現実界を遠くに見て、はるかな心にすこしのわだかまりのないときだけ、句も自然とき、詩も興に乗じて種々な形のもとに浮んでくる。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(無音にて機を織る。——はるかの屋外にて、堅き城門の開く音す。女子は機の手をめて耳を澄ます。その音尚かすかに響き来る)
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この学術とこの位置とを与へて恩と為ざりしは誰なるべき。外にこれを求むる能はず、重ねてこれを得べからざる父と母とは、相携へてはるかはるかに隔つる世の人となりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
其処に佇んだ彼女の心には云い知れぬはるかな思いが宿った。少しく離れて前に立っている二人を見ると幼い人達が誓の時になすように、小指と小指とを緊と握り合せている。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
興義これより病えて、はるかの後八三天年よはひをもてまかりける。其の終焉をはりに臨みて、ゑがく所の鯉魚数枚すまいをとりてうみちらせば、画ける魚八四紙繭しけんをはなれて水に遊戯いうげす。ここをもて興義が絵世に伝はらず。