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木幡
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こばた
ふりがな文庫
“
木幡
(
こばた
)” の例文
宮が追いつかれた所は、七条か九条あたりか、とにかく六波羅は突破できないから、竹田街道を迂回して、
木幡
(
こばた
)
へ出たものにちがいない。
私本太平記:04 帝獄帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
木幡
(
こばた
)
の山に馬はいかがでございましょう(山城の木幡の里に馬はあれど
徒歩
(
かち
)
よりぞ行く君を思ひかね)いっそうお
噂
(
うわさ
)
は立つことになりましても
源氏物語:49 総角
(新字新仮名)
/
紫式部
(著)
天皇はそのながめを歌にお歌いになりながら、まもなく
木幡
(
こばた
)
というところまでおいでになりますと、その村のお道筋で、それはそれは美しい一人の少女にお出会いになりました。
古事記物語
(新字新仮名)
/
鈴木三重吉
(著)
かくて
木幡
(
こばた
)
の村においでになつた時に、その道で美しい孃子にお遇いになりました。
古事記:03 現代語訳 古事記
(旧字新仮名)
/
太安万侶
、
稗田阿礼
(著)
「
木幡
(
こばた
)
の里に馬はあれど」(かちよりぞ来る君を思ひかね)などと、別荘に備えられてあるそまつな
硯
(
すずり
)
などをお出させになり、
無駄
(
むだ
)
書きを宮はしておいでになった。
源氏物語:53 浮舟
(新字新仮名)
/
紫式部
(著)
▼ もっと見る
とばかり追撃また追撃して——一部は
木幡
(
こばた
)
から
醍醐路
(
だいごじ
)
へと追いまくし京の阿弥陀ヶ峰の東に出で、また他の一部隊は、小野から
勧修寺
(
かんじゅじ
)
を追いかけて七条へ突入した。
源頼朝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
木幡
(
こばた
)
の村でおまえに会った。
古事記物語
(新字新仮名)
/
鈴木三重吉
(著)
木幡
(
こばた
)
の道で出逢つた
孃子
(
おとめ
)
古事記:03 現代語訳 古事記
(旧字新仮名)
/
太安万侶
、
稗田阿礼
(著)
「
木幡
(
こばた
)
、奈良街道。……宇治川すじ、淀川一帯。さっそくに、手配は抜かッておるまいな」
私本太平記:12 湊川帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「まあこわいこと。
木幡
(
こばた
)
山という所はそんな所ですってね。いつものように先払いもさせずにお忍びでお出かけになったからですよ。たいへんなことだったのですね。お気の毒な」
源氏物語:53 浮舟
(新字新仮名)
/
紫式部
(著)
ここへきて、ふたたび、戦火の
糜爛
(
びらん
)
がひろがり、範囲も西は山崎、
鳥羽伏見
(
とばふしみ
)
。みなみは
木幡
(
こばた
)
、奈良ぐち、阿弥陀ヶ峰。ひがしは近江から北は
若狭路
(
わかさじ
)
にまでなって来たには理由がある。
私本太平記:12 湊川帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
日野家の領は、
木幡
(
こばた
)
の北にあるが、とうにそこは没収されている。
私本太平記:07 千早帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
“木幡”の解説
木幡(許波多、こはた)は京都府宇治市の北部に位置する地名。
(出典:Wikipedia)
木
常用漢字
小1
部首:⽊
4画
幡
漢検準1級
部首:⼱
15画
“木幡”で始まる語句
木幡山
木幡民部
木幡口