そぞろ)” の例文
石神川しやくしがわを収めてまた東に向つて去る。石神川は秋の日の遊びどころとして、錦繍きんしゆうの眺め、人をして車を停めてそぞろに愛せしむる滝の川村の流れなり。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
泉原はそのいずれにも容易に耳を傾ける事は出来なかったが、たとえ彼を裏切ったとはいえ、目のあたり無惨な最後を遂げた昔の恋人を見ると、そぞろに涙を催された。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
警察官をしてはそぞろに嫌疑のまなこを鋭くさせるような国貞振くにさだぶりの年増盛としまざかりが、まめまめしく台所に働いている姿は勝手口の破れた水障子、引窓の綱、七輪しちりん水瓶みずがめかまど
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
貫一は目を側めて遊佐がおもてうかがへり。そのひややかに鋭きまなこの光はあやしく彼を襲ひて、そぞろに熱する怒気を忘れしめぬ。遊佐はたちまち吾にかへれるやうに覚えて、身のあやふきにるを省みたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)