“史彬(しひん)” の例文
これより帝優游自適(ゆうゆうじてき)、居然として一頭陀(いちずだ)なり。九年史彬(しひん)死し、程済(ていせい)猶(なお)従う。帝詩を善(よ)くしたもう。嘗(かつ)て賦(ふ)したまえる詩の一に曰く
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
永楽(えいらく)元年、帝雲南(うんなん)の永嘉寺(えいかじ)に留(とど)まりたもう。二年、雲南を出(い)で、重慶(じゅうけい)より襄陽(じょうよう)に抵(いた)り、また東して、史彬(しひん)の家に至りたもう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
永楽帝既に崩じ、建文帝猶(なお)在(あ)り、帝と史彬(しひん)と客舎(かくしゃ)相(あい)遇(あ)い、老実貞良の忠臣の口より、簒国奪位(さんこくだつい)の叔父(しゅくふ)の死を聞く。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)