前屈まえこご)” の例文
「どうしてまたそう作太郎を嫌ったものだろうねえ」おとらは前屈まえこごみになって、華車きゃしゃな銀煙管に煙草をつめながら一服ふかすと
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
僕は相手の名前も分らない、また向うの話の通じない電話をかけるべく、前屈まえこごみになって用意をした。千代子はすでに受話器を耳にあてていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心持ち前屈まえこごみになって、古い駒下駄の泥をステッキの先で落している。たしかに大物を張込んでいるらしい態度だ。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は少し前屈まえこごみになりながら、自分の体の或る部分をじっと見入っていた。彼は誰にも見られていないと信じているらしかった。私の心臓ははげしく打った。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
巨大な紳士は突然、何かに脅やかされたように身体を縮めて前屈まえこごみになった。慌てて外套のポケットに手を突込んで、白いハンカチを掴み出して、大急ぎで顔に当てた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「どうだい島ちゃん、こうして並んでみると万更でもないだろう」青柳が一二杯猪口ちょこをあけた時分に、前屈まえこごみになってめるような調子で、そっとお島の方へ声をかけた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのあとを見送って、扉の閉まるのを見届けた正木博士はイキナリ前屈まえこごみになってカステーラの一片を手掴みにすると、たった一口に頬張り込んで熱い茶をグイグイと呑んだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)