兵衛佐ひょうえのすけ)” の例文
内大臣の息子たちである左少将さしょうしょう少納言しょうなごん兵衛佐ひょうえのすけ侍従じじゅう大夫だいふなどという人らもこのおやしきへ来るが、御簾みすの中へはいることは許されていないのである。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ふと自分がまだ若くて兵衛佐ひょうえのすけだった頃に夜毎に通っていた或女のおもかげを鮮かに胸のうちに浮べた。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
此の婦人は、左大臣藤原時平しへいやしきに宮仕えしていた女房であるが、時平のことを本院の左大臣と呼ぶところから、此の女のことを本院の侍従と呼ぶ。その頃平中の官はわずかに兵衛佐ひょうえのすけであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
十二歳で兵衛佐ひょうえのすけ、十八歳で四位兵衛佐となったが、何も知らぬ人が
太政大臣家の公達は頭弁とうのべんなどという成年者も兵衛佐ひょうえのすけ太夫たゆうの君などという少年上がりの人も混じって来ているが、他に比べて皆風采ふうさいがきれいであった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
その中には関白殿の御子息の兵衛佐ひょうえのすけなどもお見えになっている。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
三浦介といえば頼朝の兵衛佐ひょうえのすけと同じに聞えるからである。
と言って、源少将、兵衛佐ひょうえのすけなどをつかわした。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
兵衛佐ひょうえのすけを選んでそれに娘をめあわせた。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)