“もんぶ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
文武40.0%
文部40.0%
門触20.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
次(つ)ぎに持統(ぢとう)、文武(もんぶ)兩帝(りやうてい)は藤原宮(ふじはらぐう)に都(みやこ)したまひ、元明天皇(げんめうてんのう)から光仁天皇(くわうにんてんのう)まで七代(だい)は奈良(なら)に都(みやこ)したまひ、桓武天皇以來(かんむてんのういらい)孝明天皇(かうめいてんのう)まで七十一代(だい)は京都(けうと)に都(みやこ)したまひたるにて、漸次(ぜんじ)に帝都(ていと)が恒久的(こうきうてき)となり
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
文部(もんぶ)留学生の洋画家が、昼間はカルチエル・ラタンの居酒屋と球突(たまつき)屋で暮し、夜になつて漸(やつ)と絵具箱を担(かつ)ぎ出すのが多いのを見ると、蕪村にしても夜画(ゑ)をかいたかも判らないのだから。
「この了現も、なんの沙汰も聞いておらぬ。みかどへ降(こう)を乞うたものなら、すぐ左金吾(義貞)の沙汰なり窪所(くぼしょ)(武者所)の門触(もんぶ)れが廻るはずだが」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)