“文武(もんぶ)” の例文
先達(せんだって)も福地先生から承わりましたが、大宝令(たいほうりょう)とか申しまして、文武(もんぶ)天皇さま時分に法則も立ちまして、切物(きれもの)は仮令(たとえ)鋏でも小刀でも刀でも、我(わが)銘を打つ事に致せという処の法令で、是だけは
次(つ)ぎに持統(ぢとう)、文武(もんぶ)兩帝(りやうてい)は藤原宮(ふじはらぐう)に都(みやこ)したまひ、元明天皇(げんめうてんのう)から光仁天皇(くわうにんてんのう)まで七代(だい)は奈良(なら)に都(みやこ)したまひ、桓武天皇以來(かんむてんのういらい)孝明天皇(かうめいてんのう)まで七十一代(だい)は京都(けうと)に都(みやこ)したまひたるにて、漸次(ぜんじ)に帝都(ていと)が恒久的(こうきうてき)となり
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)