“はちや”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
蜂谷35.0%
蜂屋25.0%
鉢屋15.0%
八弥10.0%
八矢5.0%
峰谷5.0%
蜂矢5.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
一晩寝て、目がさめて見たら、もう王政復古が来ていた——そんなことを言って、あの蜂谷はちやさん(故香蔵のこと)には笑われるくらいの子供でした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
蜂屋はちや文太郎という新聞記者、紅茶の角砂糖を砕きながら、独り言ともなくこう申します。何新聞の記者なのか誰も知りませんが、本人が言うのですから、新聞記者をして居ることだけは確かでしょう。
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
近畿地方では、俗にいわゆる番太或いは熅房おんぼうをハチと呼ぶところがあった。山陰地方に鉢屋はちやと呼ばれたものもやはりハチで、土師はじの義であると解せられる。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
すなわち家康の父がまた天文十四年に、その家臣の岩松八弥はちやなる者にまたを刺され、本人の家康また関ガ原の陣において、これは別な村正でしたが、同様千子院作のやりのために指を突かれ
此地の口碑によれば、昔はヱタに長利派、八矢はちや中間なかまの三種族あつたが、後に皮田といふ一種族新に起り、専ら獣類の皮を取り扱ふ様になつた、云云。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
清内路せいないじの原信好のぶよし馬籠まごめの青山半蔵、中津川の浅見景蔵、それから峰谷はちや香蔵なぞは、いずれも水戸の人たちに同情を送るであろうと言って見せるのは伴野から来た連中だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「それはね、私の同郷の先輩でね、蜂矢はちや十六という人なんだ」
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)