かな)” の例文
私と云ふ先妻の長男を家庭内で冷遇することが少なからず後妻の気にかなふので、父はさかんに私を冷遇して後妻にびる癖があつた。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
御身おんみの位地として相当の準備なくてはかなはず、第一病婦の始末だに、なほきがたき今日の場合、如何いかんともせんやうなきを察し給へ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
その晩もお菜に鹽つ辛いさけをつけると、——こんなお菜は飯が要つてかなはない——つて、下女のお留に大小言を食はせたんですつて。
「へい、おほきに。どうぞお出やしてお呉れやす。此頃旦那がちつとも来て呉れはらしまへんので、淋してかなやしまへんのどつせ。」
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
それですから、もし神尾の殿様に願って通らなかった時は、この殿様に願えば必ずかなえて下さるだろうと思われてなりませんでした。
ひそめ、こんどは体でもわるくせねばよいがと案じていたが、それくらいな望みなれば、かなえてつかわしてもさしつかえないではないか
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この美しく降った雪を、若しお二人で眺めることがかないましたならば、どんなにかおうれしいことでございましょう、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
お二人のお心からの純眞なあたゝかい御同情を、あなたの福音の道にかなつた慈善のお心と同じやうに、本當に嬉しく有難く思つてをります。
それにあなたももとちがつて、いまのやうな御身分おみぶんでせう、所詮しよせんかなはないとあきらめても、あきらめられないもんですから、あなたわらつちやいやですよ。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
豪商百万両の金も、飴やおこし四文の銭も、おのがものとしてこれを守るの心は同様なり。世のしき諺に、「泣く子と地頭じとうにはかなわず」
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今夜それを読んだら、かなはない気がした。わづか百枚以内の短篇を書くのに、悲喜こもごも至つてゐるやうでは、自分ながら気の毒千万なり。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たった伊予一国の知行のみ仰せ付けられ、鎌倉に入ることもかなわず、追い戻されるとは、どう考えても、わからないことだらけじゃ
簡単に、われわれのところに、あなたがたの希望条件にかなった一室がある、お見せすることが出来る、という男文字の文面だった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
自分じぶんうまはのろくてとてもかなひませんので、そのうまをほしくおもひ、いろ/\はなしをしてうまりかへてもらひ、よろこんでいへへかへりました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
けれども三千代と最後の会見を遂げた今更、父の意にかなう様な当座の孝行は代助には出来かねた。彼は元来が何方どっち付かずの男であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これはさすがに露という季を入れていて、私にったクウシュウの心もちを述べたものでありまして、俳諧の規則にかなっております。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
くちにせねば入譯いりわけ御存ごぞんじなきこそよけれ御恩ごおんがへしにはおのぞかなへさせましてよろこたまふをるがたのしみぞとれをすてての周旋とりもちなるを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼の姿絵を、床の下に敷きながら、こがれ死んだ娘や、彼に対する恋のかなわぬ悲しみから、清水きよみずの舞台から身を投げた女さえない事はない。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それに、ちがいない。その上、緑色は睡眠のためにも、たいへんよろしいのであるから、願ったり、かなったりというものである。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かく患者等かんじゃら理髪師とこやほかには、ただニキタ一人ひとり、それよりほかにはたれうことも、たれることもかなわぬ運命うんめいさだめられていた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
わたしは、五十嵐先生のあとをついで、このむずかしい仕事をなしとげようとしている兄達の念願を、どうかおかなえ下さいと祈るのです。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
神聖たふとことば二人ふたりむすはしてくだされば、こひほろぼため此身このみ如何樣どのやうにならうとまゝ。つまぶことさへかなへば、心殘こゝろのこりはない。
山野を跋渉しなければならないから健康的で、まず新スポーツとでも言えるだろう。厚生省が高唱している体位向上の主旨にもかなうわけだ。
採峰徘菌愚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
医者が患者の容態ようだいわかるように、料理をする者は、相手の嗜好しこうを見分け、老若男女いずれにも、その要求がかなうようでなくてはなりません。
日本料理の基礎観念 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
そんなことすら長い年月の間、非常な贅沢ぜいたくな願いのように考えられていた。でも、白足袋ぐらいのことはかなえられる時が来た。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
強敵にぶつかって「到底かなわぬ」と気が付いたり、又は物の見事にしくじったりした場合なぞに心の底の悲観や落胆が鼻に現われたもので
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かれの狡猾はかねがね人に知れ渡っているところから、自分の無罪を証明することは到底かなうまじきようにかれも思いだした。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
「今薬局で芫菁をっているのですが、どんなに我慢をしても、あれにはかないません」とのことで、それからしばらく外へ出て休んでいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
却ってこれが間にはさまらねば、余り両人ふたりの間が接近しすぎて穏さを欠くので、お政は文三等の幸福を成すになくかなわぬ人物とさえ思われた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
余にはこの翁ただ何者をか秘めいてたれ一人開くことかなわぬ箱のごとき思いす。こはがいつもの怪しきこころ作用はたらきなるべきか。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
つぶれた眼には痛みはないですが、あいて居る眼は、私の欲望を思う存分かなえてくれるだろうと、私は喜び勇んだものです。
按摩 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それ迄は幾分遊戯気分で追い廻していたものが、それからは傍目わきめもふらずに恋いこがれて、是非とも望みをかなえずにはけないようになった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「……お気に入らぬと知りながら、未練な私が輪廻りんねゆえ、そいしはかなわずとも、おそばに居たいと辛抱して、これまで居たのがお身の仇……」
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
謙蔵は、村内のさる中農の次男だったが、性来実直で、勤勉で、しかもどこかに才幹があるというので、正木の老人の眼鏡にかなったのだった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それに彼にはこの土地が、ひどく心にかなっていた。漁師町であり農村であり、且つ港である銚子なる土地は、粗野ではあったが詩的であった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
古い小栗の戯曲じょうるり(『新群書類従』五)に、判官「畜生にはかなわぬまでもせみょう(宣命か)含めると聞く、それがしがせみょうを含めんに心安かれ」
一日いちにち此塲このば立去たちさことかなはねば、そこでわたくしと、日出雄少年ひでをせうねんと、武村兵曹たけむらへいそうと、二名にめい水兵すいへいとが、鐵車てつしや乘組のりくことになつた。
実に御下問の条々が理にかなって尋常のお尋ねではないので、岡倉校長は恐懼きょうく致されたと、後に承ったことで御座いました。
されば到底貴下の満足する如く丁寧に教ふる事はかなひがたかるべし。もしそれにてもよければやむをえざる故唯折々いとまあらん時遊びにきたられよ。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「さあ、たしか、新富町しんとみちょう市川左団次たかしまやさんが、わびに連れてってくだすって、帰参きさんかなったんですが——ありゃあ、廿七、八年ごろだったかな。」
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
行歩ぎやうぶかなへる者は、吉野十津川の方へ落ゆく。あゆみもえぬ老僧や、尋常なる修業者、ちごどもをんな童部わらんべは、大仏殿、山階やましな寺の内へ我先にとぞにげ行ける。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
「煩悩が煩悩に溺れては、その煩悩の中より力を獲ることはかなわぬわけ——有森氏! 煩悩力をもって出羽を討つとの誓いはいかが召されたっ!」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そしてしまいにはやっぱり翌日あくるひまでお花をつけることになるから来てくれるたびに金がいってかなわんいうてはりました。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「ほんにうらやましいのはそなたの身じゃ、その美くしさとその若かさとを持っていたら、あらゆる此の世の楽しみ、何ひとつかなわぬことはない筈だ」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
これを養育はぐくむことかなはず、折角頼みし仇討ちも、仇になりなん口惜しさ、推量なして給はらば、何卒なにとぞこの児を阿姐あねごの児となし、阿姐がもて育てあげ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
容易にはまたとお目もじもかなうまじと存ぜられ候。あなたさまはいつまでも私のお兄さまにておわし候。静かに御養生なされ候ようお祈り申しあげ候。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
國のくの字も仰しゃる気遣きづかいはありませんよ、それですから貴方が本当に信実しんじつがおあり遊ばすならば、私のねがいかなえて、うちの殿様を殺して下さいましな
古歌に劣らぬ歌は何処どこから如何に詠み出すべきかと、かなわぬまでもつとめて見るのが大事だという形になったが、これはまことに当然のことであろう。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
出来ますことなら、お嬢さまからかなえて上げて下さいますなら、わたくしまでどんなに救かりますか知れないのでございます。どうぞお願いいたします
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
純潔チヤスチチイより恋愛に進む時に至道にかなへる順序あり、しかれども始めより純潔なきの恋愛は、飄漾へうやうとして浪に浮かるゝ肉愛なり、何の価直かちなく、何の美観なし。