よこしま)” の例文
おっとのためによこしまになり、女が欺瞞にみちたものとなると見るならば、漱石はどうして直の心理のこの明暗を追って行かなかっただろう。
漱石の「行人」について (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
宗祇は「先ず心操をもって本となし、最初思いよこしまなくこの義を習う」ともいい、また「口決の事等、ただ修身の道にあり」とも説いた。
彼等はフランスの禍ひの父と舅なり、彼等彼のよこしまにして穢れたる世を送れるを知りこれがためにかく憂ひに刺さる 一〇九—一一一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
贅沢ぜいたくな接待煙草たばこの煙が濛々と立ちのぼる中に、不思議なよこしまな陶酔にひたって、男客達は「犯罪」の話に夢中になって居たのです。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
併し夫れには或る何等かのよこしま目算もくろみが胸にあって、その目算を果そう為、接近いているのではあるまいかと、疑われるような節があった。
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どんな人のところへ行こうと、嫁に行けば、女は夫のためによこしまになるのだ。そういう僕がすでに僕のさいをどのくらい悪くしたか分らない。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかるにすぐれたる戦士エセルレッドは、いまや扉のなかに入り、かのよこしまなる隠者の影すらも見えざるに怒り、あきれ果てぬ。
心正しきものの行う兵道の修法は、百万の勇士にも優り、心よこしまなる者の修法は、百万の悪鬼にも等しいと——牧、憶えておろうな。何うじゃ
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
神職 や、このよこしまを、このけがれを、おとりいれにあい成りまするか。その御霊ごりょう御魂みたま、御神体は、いかなる、いずれより、天降あまくだらせます。……
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生活の苦悩に日々責めさいなまれて、益々よこしまと偏執とに傾きかゝつた彼の習性が、一夕の法話に全く矯め直されたのでもあらうか。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
よこしまでも愛の深い母では御座いましたが、私はこの事を死んだ母に告げてやれませんのがたった一つの心残りで御座います。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それを、よこしまに、悪推量して、恩をあだに憎んだのも、皆このばばの心がねじけていたためじゃ……。ゆるしてくれよ。お通
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よこしまなところはないか、神を畏れぬ不逞なところはないか、仮面をかぶつてはゐないか、つまり、道徳的にみてどうであらうかといふ標準であります。
まさやけき言立ことだては、ゆるすべきよこしまは、おのが子のためとは言はじ、すべて世の子らをあはれと、胸張り裂くる。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
未来とはいうも、時に打ち任すならば、あるいは病める未来ともなり、よこしまな未来ともなろう。この暗い現代が、そのままに続いたとて何の意義があろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
死ねば陰気盛んにしてよこしまけがれるものだ、それゆえ幽霊と共に偕老同穴かいろうどうけつちぎりを結べば、仮令たとえ百歳の長寿を保つ命も其のために精血せいけつを減らし、必ず死ぬるものだ
またお菊は幼少の時孤児みなしごとなり叔父おじの家に養われたりしが、生れ付きか、あるいは虐遇せられし結果にや、しばしばよこしまみちに走りて、既に七回も監獄に来り
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
夫の身代りに立つと云う名のもとで、私はあの人の憎しみに、あの人のさげすみに、そうしてあの人が私をもてあそんだ、そのよこしまな情欲に、かたきを取ろうとしていたではないか。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「詩経にはおよそ三百篇の詩があるが、その全体を貴く精神は『思いよこしまなし』の一句につきている。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
こだわらずに、竹さんに軽く挨拶あいさつ出来るようでなければ、新しい男とは言えません。色気を捨てる事ですね。詩三百、思いよこしま無し、とかいう言葉があったじゃありませんか。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もしまた、不幸にして自分の夫となった人がよこしまな人間である事を見出した場合には、自分の純白な心をもって、それを何とかして正しい道に導き入れてやろうと思うてみるのです。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
それは矮人が此家に近づきますと、牛の乳を搾つて其泡立つた乳を飲み、それから踊りをはじめるからでございます。私は踊の好きな者の心には、よこしまのないのをよく知つて居ります。
其方儀おも役儀やくぎつとめながら賄賂まいないとりよこしまさばきをなし不吟味ふぎんみの上傳吉を無體に拷問がうもんに掛無實の罪におとし役儀をうしなでう不屆に付繩附なはつきまゝ主人遠江守へ下さるあひだ家法かはふに行ひ候やう留守居へ申渡す
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
神様はお在りになるが、神様は決してよこしまな事はなさらない、神様は吾われ人間に恵みをたれて、人間の為よかれとお守りくだされる。従ってえ事をする者は神様からお褒めにあずかる。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
秩祿ちつろくを加へられる度數の多いので、心あるものは主家のため、領國のために憂へ、怯懦けふだのものは其人をおそはゞかり、いやしいもの、よこしまなものは其人にたよつて私を濟さうとするやうになつた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
風はなほよこしまに吹募りて、高きこずゑははきの掃くが如くたわめられ、まばらに散れる星の数はつひ吹下ふきおろされぬべく、層々れるさむさほとんど有らん限の生気を吸尽して、さらぬだに陰森たる夜色はますまくら
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
まだ人の心のよこしまなことや世のさまのけわしい事など少しも知らず、身に翼のはえている気がして、思いのまま美しい事、高いこと、清いこと、そして夢のようなことばかり考えていた私には
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうして二つともたいへんすじが違っているけれども、人間の少しよこしまなことが原因で同じくこの小獣になったというように物語られております。ほかにも多くの違った例があることと思います。
東奥異聞 (新字新仮名) / 佐々木喜善(著)
汝が心のよこしまなるも憎くからず、過にし方に犯したる罪の身を苦しめて、今更の悔みに人知らぬ胸を抱かば、我れに語りて清しき風を心に呼ぶべし、恨めしき時くやしき時はづかしき時はかなき時
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
神職 そ、その媛神におかせられては、ぐなること、正しきこと、明かに清らけきことをこそおつかさどり遊ばさるれ、かかる、よこしまに汚れたる……
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
習慣ならはしと自然これに特殊の力を與ふるがゆゑに、罪あるかしら世をぐれどもひとり直く歩みてよこしまの道をかろんず。 一三〇—一三二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「女は腕力に訴える男より遙に残酷なものだよ」「どんな人の所へ行こうと、嫁に行けば、女は夫のためによこしまになるのだ」
漱石の「行人」について (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「なんと思うてそのような所へ、そのような和歌を楽書きするぞ? 風流にしてはよこしまである。悪戯いたずらにしては度が過ぎる。そちの思惑を聞きたいものだ」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やはらいだ感情、寂しいと思ふあこがれ、よこしまねたみとがもつれあつた偏執へんしふ。これ等のものが一しよになつて彼の涙腺に突き入つたのか。彼は詞もなく泣いた。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
長なす黒髪をうなじの中から分けて豊かに垂れ下げ、輪廓の正しい横顔は、無限なるものを想うのみ、よこしまなる想いなしといい放った皎潔きょうけつな表情を保ちながら
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
心によこしまがあれば邪が——心に堕気だきがあれば堕気が——匠気しょうきがあればまた匠気のあとがおおい隠しようもなく遺る。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中にはよこしまな者もあったであろう。盗みせる者さえもあったであろう。怒れる者、悲しめる者、苦しむ者、愚かなる者、笑える者、ことごとくの衆生がこの世界に集る。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
アーサーは我とわが胸をたたいて「黄金の冠はよこしまの頭にいただかず。天子の衣は悪を隠さず」と壇上に延び上る。肩にくくの衣の、裾は開けて、白き裏が雪の如く光る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
呵々からからと気違いじみた笑いを突走らせるのは、黒髪も衣紋えもんも滅茶滅茶に乱した妖婦お小夜、金泥きんでいに荒海を描いた大衝立おおついたての前に立ちはだかって、あでやかによこしまな眼を輝かせます。
かくて生れつき心たけくそのうえに飲みたる酒の効き目にていっそう力も強きエセルレッドは、まことかたくなにしてよこしまなる隠者との談判を待ちかね、おりから肩に雨の降りかかるを覚えて
何でもよこしまな心を起し、一にでかく儲けべいと思って人の物を貪るような事をしちゃアいけねえ、随分でか投機やまたくんでやれば金が出来べいが、其の金は何うしても身に附いてはいねえ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もしひょっとして来なかったら——ああ、私はまるで傀儡くぐつの女のようにこの恥しい顔をあげて、また日の目を見なければならない。そんなあつかましい、よこしまな事がどうして私に出来るだろう。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
生死しやうし無し、よこしま無し
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
媛神 やみのは、月がよこしまだというのかい。村里に、形のありなしとも、悩み煩らいのある時は、わたしを悪いと言うのかい。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
我等の方にむかひて來り、各〻叫びていひけるは、止まれ、衣によりてはかるに汝は我等のよこしまなるまちの者なるべし 七—九
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「どこに武蔵の卑屈があったか。卑怯未練をしたというか。剣に誓う、おれの戦いには、微塵もよこしまはない!」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中にはよこしまな者もあったであろう。盗みせる者さえもあったであろう。怒れる者、悲しめる者、苦しむ者、愚かなる者、笑える者、ことごとくの衆生がこの世界に集る。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その新羅はとうてい平和の外交手段を以てしてはそのよこしまの行動を抑えることは不可能であるとおぼしめした結果、武力を以って御征しあそばしたということであって
日本上古の硬外交 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
優しいと思つた姉様の親切な詞につり出されて、やつと片隅の一人となることはなつたものの、彼はそれで満足は得られなかつた。ねたみよこしまとがむらむらと彼の心に湧き立つた。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
うか……そうお前に強う云われたらもう是までじゃ、わしもどうせ迷いを起し魔界にちたれば、あくまでもよこしまく、私はこれで別れる、あなたはわずろうている身体で鴻の巣まできなさい
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)