あし)” の例文
川口かはぐちの、あしのたくさんえてゐる、そのあしさきが、みんなとれてゐる。これは、たれつたのかとまをしますと、それは、わたしです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
さきごろは又、『めくら草紙』圧倒的にて、私、『もの思うあし』を毎月拝読いたし、厳格の修養の資とさせていただいて居ります。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
芭蕉の心がいたんだものは、大宇宙の中に生存して孤独に弱々しくふるえながら、あしのように生活している人間の果敢はかなさと悲しさだった。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
銀子の牡丹は苦笑しながら、照れ隠しに部屋をあちこち動いていたが、風に吹かれる一茎のあしのように、繊弱かよわい心はかすかにそよいでいた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いばら冠冕かんむりを編みて冠らせ、「ユダヤ人の王安かれ」と礼をなし始め、またあしにてその首をたたき、つばきし、ひざまずきて拝しました。
つまりは難波なにわあしは伊勢の浜荻はまおぎといったごとく、中部のタヌキは関東のムジナなので、タヌキ又の名がムジナだったのではない。
狸とムジナ (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あしもガサガサ音がしていたと思ってはいたが、深夜の川、後ろ一面たんぼの中で、猫にボラを取られるとは夢にも思わなかった。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
男の猟人かりゅうどの姿に私はなつてゐた。あしがほんのわづかその雪原にたゞそれだけの植物のかすかな影をかすかに立ててちらほらと生えてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
難波の神崎川、中津川のあたりは、まだよしあしや所々の耕地や、塩気のある水がじめじめしている池などの多い——渺茫びょうぼうたる平野だった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橋の上から見ると、滑川なめりがわの水は軽く薄濁って、まだ芽を吹かない両岸の枯れあしの根を静かに洗いながら音も立てずに流れていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
というのは、遠い昔にあのあしを折る江上の客となって遠く西より東方に渡って来た祖師の遺訓というものがあるからであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして厳然たる様子でこのやせた二十歳の青年は、太い頑丈がんじょうな人夫を一枝のあしのようにへし折って、泥の中にひざまずかした。
が、音を聞いて、付近にいあわせた人々が駈けつけた時は、もうあしがボウトをんでしまったあとだった。まったく、あっという間のことだ。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それは古い沼で、川尻かわじりからつづいてあおくどんよりとしていた上に、あしやよしがところどころに暗いまでにしげっていました。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
川岸にはあしが茂っていた、葦は岸から川の中まで、川の中の七八間さきまでも生え、それが川上にも川下にも続いている。
葦は見ていた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
暖炉の上には、あしのパイプをくゆらしてるかえるのそばに、紙の扇があって、その扇面にはバイロイトの劇場が描いてあった。
舟の着いたのは、木母寺もくぼじ辺であったかと思う。生憎あいにく風がぱったりんでいて、岸に生えているあしの葉が少しも動かない。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
壁と言ったところでほんの粗壁あらかべ、竹張の骨へあしを渡して土をぶつけただけでまだ下塗りさえ往っていないのだが、武家長屋の外壁だから分が厚い。
水の色とあしの若芽の色とであったが、その奇妙に澄んだ、濃い、冷たい色の調子も、(それが今初めて気づいた珍しいものであったにもかかわらず)
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
あしの繁った大川尻の風物をなぞらえて、そこへ水ぶくれになった女の土左衛門が横たわり、時々烏が飛んで来ては、臓腑をついばむという趣向です。
そうしてずるずると斜面をころがりながら湖水のみぎわのあしの中へ飛び込んではじめてその致命的な狂奔を停止した。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
また軍を興して、都夫良意美つぶらおみ一六が家をかくみたまひき。ここに軍を興して待ち戰ひて、射出づる矢あしの如く來散りき。
もっとも時には一行に向かって敵意を現わす部落もあった。バンバイヤ河の水源のバンバイヤ湖へ来た時に突然あしの繁みから毒矢を射出す者があった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
めぐらせた垣根かきね見馴みなれぬ珍しい物に源氏は思った。茅葺かやぶきの家であって、それにあし葺きの廊にあたるような建物が続けられた風流な住居すまいになっていた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
あしを渡る風、小桟橋、「郊外の住宅へ帰る」ようにデゴロビビウだのヴォドだのイグロなんかという恐ろしげな名の島へ上陸して行くヘルシンキの勤人つとめにん
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
寒い日にからだを泥の中につきさしてこごえ死んだおやじ掘切ほっきりにも行ってみたことがある。そこにはあしかやとが新芽を出して、かわずが音を立てて水に飛び込んだ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
森の中の小さな水溜みづたまりのあしの中で、さっきから一生けん命歌ってゐたよし切りが、あわてて早口にひました。
よく利く薬とえらい薬 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
われ澤に走りゆき、あしひぢとにからまりて倒れ、こゝにわが血筋ちすぢの地上につくれるうみを見ぬ。 八二—八四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
赤紐で白いあごをくゝつてあし編笠あみがさを深目にかぶつた雪子の、長い袖をたを/\と波うたせ、若衆の叩く太鼓に合せて字村あざむらの少女たちに混つて踊つてゐる姿など
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
空は暗くくもって、囂々ごうごうと風がいていた。水の上には菱波ひしなみが立っていた。いつもは、もやの立ちこめているようなあししげみも、からりとかわいて風に吹きれていた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
すぐに、ナイフで、そのあしをきりとって、笛をこしらえました。そしてふいてみました。が、少しもなりません。葦笛はただ銀のようにひかっているだけでした。
銀の笛と金の毛皮 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
風の中になげく声だ「王者は塵に横わり、貴人は辱しめられ、強国の勇士はあしを振る剣士の如く、草をしごく槍手の如く影を追い影にあこがるる人の如くなろう!」
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
彼等かれら理由わけもなしにたゞさわぎはじめた。彼等かれら沼邊ぬまべあしのやうにあつまればたがひたゞざわ/\とさわぐのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
午後ははがきなど書いて、館の表門から陸路停車場に投函とうかんに往った。やわらかな砂地に下駄をみ込んで、あしやさま/″\の水草のしげった入江の仮橋を渡って行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
馬を撫恤なでる処にて、平手にて舌をこきてやり、次にあしを抜いて馬の毛をこくなどいふ通をやりしはし。馬別れもあつけなきものをあれほどにこなしたるは先づ好し。
あたり一面、よしあしが生えて足の踏み入れようもない。そこへ、どこから来たか大蛇が移り住んだ。
老狸伝 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
朔風さくふうほのおあおり、真昼の空の下に白っぽく輝きを失った火は、すさまじい速さで漢軍に迫る。李陵はすぐに附近のあしに迎え火を放たしめて、かろうじてこれを防いだ。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
瑪瑙めのうや猫眼石に敷きつめられた川原には、白銀のあしが生え茂って、岩に踊った水が、五色のしぶきをあげるとき、それ等の葦は、まあ何という響を立てることでしょう。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しきりとくいぎわのあしむらを見調べていた様子でしたが、おどろいたもののごとくに叫びました。
この風やこの雨には一種特別の底深い力が含まれていて、寺の樹木や、河岸かわぎしあしの葉や、場末につづく貧しい家の板屋根に、春や夏には決して聞かれない音響を伝える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この笠松はその昔「あし」ととなえた蘆荻ろてきの三角洲で、氾濫する大洪水のたびごとにひたった。この狐狸こり巣窟そうくつあばいて初めてひらいたのがの漂流民だと伝えている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ただ客を待つ腰掛茶屋こしかけぢゃや毛氈もうせんが木の間にちらつきます。中洲なかすといって、あしだかよしだかの茂った傍を通ります。そろそろ向岸むこうぎし近くなりますと、ごみが沢山流れて来ます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そのドス黒い舌の表面に、まるで針の山のようなするどい突起物が、一面に生え茂って、それが舌の運動につれて、風にざわめくあしに似て、サーッサーッとなびくのを。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
若い娘ははしのころんだのにも笑いたがると共に、あしの葉のいためるのにも泣きたがるものです。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
刀を持ったなりドブリと綾瀬川へ飛び込むと、よしあしの繁った処に一艘船がつないで居りましたが、とまを揚げて立出たちいでたは荷足の仙太郎で、楫柄かじづかを振り上げて惣兵衞の横面よこつらを殴る。
川原にはあしがしげつて中でよしきりが鳴いてゐます。その中の道をいきつくすと、土手になりました。その土手ものぼりきつたとき、鳥右ヱ門は船の方をふりかへつて見ました。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
越智氏は気が遠くなるような眼つきをし、あし君はその細い長い脚をブルブルと震わせた。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
氏はパスカルの語を引いて、「人はあしのごとく弱し。されど人は考うる葦なり。全世界が彼を滅ぼさんとするとも、彼は死することを自知するがゆえに、殺す者よりもとうとし」
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
あし夕霧ゆふぎりちてかもさむゆふべをばしぬばむ 〔巻十四・三五七〇〕 東歌・防人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
大谷地は深き谷にて白樺しらかばの林しげく、その下はあしなど生じ湿りたる沢なり。此時このとき谷の底より何者か高き声にて面白いぞ——とよばわる者あり。一同ことごとく色を失いげ走りたりと云えり。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)