れん)” の例文
死ぬるばかりの猛省と自嘲じちょうと恐怖の中で、死にもせず私は、身勝手な、遺書と称する一れんの作品に凝っていた。これが出来たならば。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
このれんは敵の接近したのを見て司令官がわが隊を激励する光景を叙した物だと云ふが、数学者に判断して貰つても一寸ちよつとわかりさうにない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
赤いれんのかかった帳場の奥の小さい椅子にかけて談笑していた店のものが、入ってゆくこちらを見て、瞬間に表情がかわってゆく。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
正面に向って、れんなどを読んでいると、すぐそばおさの音がする。廟守びょうもりでもおりそうなので、白壁を切り抜いた入口をくぐって中へ這入った。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小樽おたるへソれん兵が二万上陸したから、戦時研究関係の重要書類を直ぐ焼却しろという話なのである。もうみんな非常呼集で集っているという。
流言蜚語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
殊に紅唐紙べにとうしれんった、ほこり臭い白壁しらかべの上に、束髪そくはつった芸者の写真が、ちゃんとびょうで止めてあるのは、滑稽でもあれば悲惨でもあった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この門前の椿岳旧棲きゅうせいの梵雲庵もまた劫火ごうかに亡び玄関の正面の梵字の円い額も左右の柱の「能発一念喜愛心」及び「不断煩悩得涅槃ねはん」の両れん
水晶の浄土珠数じゅずれん、とって十九のまだ嫁入前の娘に、とはたで思ったのは大違い、粒の揃った百幾顆ひゃくいくつの、皆真珠であった。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山門の柱に懸っている長いれんの文字に、武蔵の眼はじっとむかっていた。月明りに読まれるその二柱の字句を辿たどってみると
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柴の門を入ると瀟洒しょうしゃとした庭があって、寺と茶室と折衷せっちゅうしたような家の入口にさびたれんがかかっている。聯の句は
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「春夏秋冬花不断」「東西南北客争来」とした二枚のれんを両方の柱にかけた茅葺かやぶきの門を間もなく三人はくゞった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
食卓のこしらえてある室の入口を挾んで、れんのような物のかけてあるのを見れば、某大教正の書いた神代文字じんだいもじというものである。日本は芸術の国ではない。
普請中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
現にある有名なソれんのチェーホフ研究家の如きは、ろくろく交際もない相手に向ってそんな告白をあえてする彼の「率直さ」にひどく感激しているほどである。
なお番組の中には、一れんの彼の歌曲リードと数種の古典的クラシック作品と、オックスの祝典行進曲一つがはいっていた。
れんの援将のみでなく、米国のジョン・ジョウエット大佐の指導下に、ウイリアム・D・ボーリイという男が、百万弗にのぼるカーチス戦闘機を売込んだばかりか
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
で、みんなから綜合そうごうしてあのとおりにまとめてしまった。しかしどのれんもどの行も私の自儘じままに作り足したのはない、そのままそろえて完全な一つのものとしたのである。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
わたしは斑竹はんちくとうに腰をおろし燭をかざして四方の壁に掛けてあるれん書幅しょふくの詩を眺めた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
楼の柱の両側に「二十五げん弾月夜」「不堪清怨却飛来」と、一対のれんかかっている。裏は月にかりの列を現わしたかたわらに「雲みちによそえる琴の柱をはつらなる雁とおもいけるかな
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、風景も彼にむかって、胸を張り眼を見ひらいてくる。決然と分岐する鋪装道路や高層ビルの一れんが、その上にひろがる茜色あかねいろの水々しい空が、突然、彼に壮烈な世界を投げかける。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ものの金龍通人は自分の戸口に洒落た一れんかけておいた。聯の文句はかういふのだ。
秋なれば夜毎に、甍の上は重き霧、霧の上に月照りて、永く山村僻陬へきすうの間にありし身には、いと珍らかの眺めなりしか。一夜興をえて匇々さうさう筆を染めけるものすなはちこの短調七れんの一詩也。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
詩の句は劇的伝説を以て名高い雲横雪擁の一れんで有ったと伝えられて居るが、坊主かえりの士とは云え、戦乱の世に於て之を説くことが出来たと云えば修養の程も思う可き立派な文武の達人だ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大きな滝を忍ばせる硝子ガラスすだれ——れんがさがって提灯ちょうちんや、花瓦斯ガスの光りがうつりゆらめき、いせいのよいビラが張りわたされ、ねじ鉢巻のあにいが二、三人手を揃えてガリガリ氷をきとばしていた。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
この一れんのつけあいの意味は、百舌もずく頃までまだ帷子を着ているような人が、稲をく仕事の手伝に来て一升の籾に有りつき、おまけにすしか何かの御馳走になって行く光景を想像したもので
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さかづきをあぐる一れんのひと
立秋 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
質の出入れ——この質では、ご新姐の蹴出し……縮緬ちりめんのなぞはもうとっくにない、青地のめりんす、と短刀一口ひとふり。数珠一れん
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宿とした無住の山寺では、山門のれんを割り本堂の木像をまきとして、夜もすがらだんをとった。かついで来た例のひつぎからは、肉でも酒でも何でも出て来た。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地震で焼けた向島むこうじまの梵雲庵は即ち椿岳の旧廬きゅうろであるが、玄関の額もれんも自製なら、前栽せんざい小笹おざさの中へ板碑や塔婆を無造作に排置したのもまた椿岳独特の工風くふうであった。
僕は氏がみづから傑作なりとして世に出した「戦争」と題する長篇の中の一れんを見本として紹介する。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
支那の奥地、今重慶じゅうけい政権が、ソれんとの連絡に懸命の努力をつくしている西北ルートの土地は、カラコラムの氷河の氷がとけて流れ出るわずかの流域をのぞいては、ほとんど死の世界である。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
いまのソれんは、どうでしょうか。いまの日本の共産党は、どうでしょうか。
返事 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その煙にくすぶるせいか、梁間りょうかんの額や柱上のれんことごとく妙に油ぎっている。事によると煤けていないものは、天井から幾つも吊り下げた、金銀二色の紙銭だの、螺旋状の線香だのばかりかも知れない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
本堂の正面にも金泥きんでいがくかかって、鳥のふんか、紙をんでたたきつけたのか点々と筆者の神聖をがしている。八寸角の欅柱けやきばしらには、のたくった草書のれんが読めるなら読んで見ろとすましてかかっている。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一面ずつのれんが懸けてあって、その文字彫もじぼりの底には青泥せいでいが沈めてあり、読んでみると、一首の詩になっていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、韓湘かんしょうが道術をもって牡丹花ぼたんかの中に金字であらわしたという、一れんの句を口吟くちずさむ若山の声が聞えてんだ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其れから一切の句読くどく其他そのたの記号をも排斥するかはりに代数学の符号があらたに採用され、ぎやうれんわかつのも不経済だとあつてれんの場合だけに約一すんばかり字間をけ、其他そのたは散文の如くに続けて書く。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
卓の賑わう間を、お互いに頬杖などして、四壁あたりを見ると、金箔板はくいたれん(柱懸け)にしゅを沈めた文字で
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
れんの文字が、雪の降りつもるうちに、瑠璃るりと、真珠を刻んで、清らかに輝いた。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、つぶやいて、その日から府門の柱に、一面のれんをかけて、みだりに出入しゅつにゅうを禁じてしまった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左右のれんを……失礼ながら、嬉しい、御籤みくじにして、おもいの矢のまとに、線香のたなびく煙を、中の唯一条ひとすじ、その人の来る道と、じっと、時雨しぐれにも濡れず白くほろほろとこぼれるまで待ちましたが
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三人が近よってみると、やはり田舎いなかは田舎で、街道を前に、崩れ築土ついじ茅葺かやぶき屋根。しかし、百樹の柳にくるまれて、それもと見えるばかりか、入口のれん(柱懸け)には
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道の雪、降る雪、そこらの屋根の雪が、白毫びゃくごう旋風つむじかぜとなって眼をさえぎる。——ふと、かたわらを見ると、傾いた土の家のかどに、一詩を書いたれんと、居酒屋のしるしの小旗が立っていた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)