ふみ)” の例文
ふところから手紙を出したりしてゐるだらう、雪駄直しの片手間に、使ひ屋にも頼めねえふみを預かつて居るんだね、細くねえ商法ぢやないか
ふみ一つやりとりするにも人目をはばからねばなりませぬゆえ、お蘭どのが思いついてくふうしたのが、このお蘭しごきでござります。
一 「さびし」といふこと思ふべからず。見ぬ世の人を友とするも得。淋しと思はゞ家職のふみを開け。千万の多事急務、その内にあり。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
横車を押し意だけ高に何かを罵って居た時、才覚のある者が、ふみばさみにふみをはさんで、これを大臣に奉ると云って擬勢を示したら
余録(一九二四年より) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
小松の結婚する少しまえのことだったが、或日、志保の居間へふみを入れた者があった。ひらいてみると一首の恋歌がしたためてある。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昔よりもいっそう恋の自由のない境遇にいても尚侍はふみによって絶えず恋をささやく源氏を持っていて幸福感がないでもなかった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
貴嬢きみにこのふみを写して送らん要あらず、ただ二郎は今朝夜明けぬ先に品川しながわなる船に乗り込みて直ちに出帆せりといわば足りなん。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
わたくしとしましてはただそのお心根がいじらしく、おん痛わしく、お頼みにまかせてふみ使いの役目を勤めておったのでございます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
路考さんの話を疑うわけじゃないが、路考さんが十年前に書いたという古いふみが、今朝殺されたお蔦という娘の文箱から出て来た。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
国を乱す悪魔であろう。石神のふみを読んだからには悪魔の片われに違いない。逃がす事は出来ないぞ。生かしておく事は出来ないぞ
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
ふみつぶてにひかれて土屋多門の屋敷を出た弥生は、待っていた櫛まきお藤につれられて、雨にぬかるむ路をここまで来たのである。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いろよい返事へんじしたためたおせんのふみを、せろせないのいさかいに、しばしこころみだしていたが、このうえあらそいは無駄むださっしたのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
彼処かしこにて恋人のふみる人もあるべしなど、あやにくなることの思はれさふらて、ふと涙こぼさふらふなど、いかにもいかにも不覚なるわたくしさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
重四郎はこれさひはひと娘の部屋へやのぞき見れば折節をりふしお浪はたゞひと裁縫ぬひものをなし居たるにぞやがくだんのふみを取出しお浪のそでそついれ何喰なにくはかほ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
震災前では、先代のふみかしく、あの蟹のようにワイ雑な顔で、いつもきまって十年一日しゃっくりのまじる都々逸ばかりやりました。
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
あのかたは大きい柳行李やなぎがうり充満いつぱいあつたあなたのふみがらをあなたの先生のところへ持つて行つて焼いたと云ふこと、こんなことでした。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
といひかけ、衣の間より封じたるふみを取出でてわれに渡し、「これを人知れず大臣の夫人に届け玉へ、人知れず、」と頼みぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それを逸らせるためにはあなたさまの御無事のお便りをいただかなければなりません。ただ、一枚の紙きれのおふみでたくさんにございます。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ここには女文字のふみがある。なにしろ、この一件には女の詮議が肝腎だ。案内の男に云いつけて、まず荒物屋のお鎌という女を呼んでみよう。
今はこれまでの命と思い詰めたるとき、エレーンは父と兄とを枕辺に招きて「わがためにランスロットへのふみかきて玉われ」
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日ふみの来て細々こまごまと優き事など書聯かきつらねたらば、如何いかに我はうれしからん。なかなか同じ処に居て飽かず顔を見るにへて、そのたのしみは深かるべきを。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
森「嘘じゃアありやせん、このふみを出して、うか返事を下さいってんでさア、返事が面倒なら発句ほっくとかんとか云うものでもおやんなせえ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ならひが出來できたれば此次このつぎにはふみきてせ給へと勿体もつたいない奉書ほうしよう半切はんきれを手遊おもちやくだされたことわすれはなさるまい
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
すべからざるものをもし、ふみに書かれぬものをも読み、乱れて収められぬものをも収めて、ついには永遠の闇のうちに路を尋ねてくと見える。
姉の話では、鶴さんの始終抱えて歩いている鞄のなかのふみが、時々植源の嫁の前などで、繰拡げられると云うのであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ふみして戀しく懷かしきアントニオの君に申上まうしあげまゐらせそろ。今宵はゆくりなくも、おん目に掛り候ひぬ、再びおん目にかゝり候ひぬ。
「尊いおふみにございます。天国への道は細く嶮しく、地獄への道は広うござるとな。——それ、この一番狭い道が、あなた様の道でございますよ」
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただ惜しいことに十二月七日とあるばかりで、年号が書き入れてないのだが、多分このふみは娘を大阪へ出してからの最初の便びんであろうと思われる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
兼好が人に代って鹽谷えんやの妻に送るのふみに比するも、人の感情を動かすの深き決してかれに劣らざる可し、是も亦他に非ず其の文のたゞちことばを写せばなり
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
姉妹きやうだいが世話する叔父をぢさんの子供は二人とも男の児で、年少したの方はふみちやんと言つて、六歳の悪戯盛いたづらざかりであつた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
いいか、支那人チャンチャンから礼をいつて寄越したふみだぞ。人間は正直だ。わけもなく天窓あたまを下げて、お辞儀をする者はない。ことに敵だ、われわれの敵たる支那人チャンチャンだ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
金助は雀躍こおどりをして喜びながら、駈け出して行く途端、たそや行燈の下でふみを読んでいた侍にぶっつかろうとする。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
表書おもてがきにその方の名前を書いたふみが出来ていましたのですけれど、そのかたのほうが先へおなくなりになってしまったので、それで面倒くさくなったのです。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
いとものうくて、日ごろ親しき友にふみかんもや、行田へ行かんもいとふにはあらねどまたものうく、かくて絵もかけず詩も出でず、この十日は一人過ぎぬ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
武蔵は女が隠し男にふみとでも誤解はきちがへたものか、激しい嫉妬で顔は蟹のやうに真紅まつかになつた。そしていきなり女を手打にして腸のなかからその反古を引張り出した。
大きな日傘ひがさをさして、白い水干すいかんを着た男が一人、青竹の文挾ふばさみにはさんだふみを持って、暑そうにゆっくり通ったあとは、向こうに続いた築土ついじの上へ、影を落とす犬もない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふみおもてを見ればそんなけびらいは露程もなく、何もかも因縁いんねんずくと断念あきらめた思切りのよい文言もんごん
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ぬしァ、まだ起きていなんしたのかい。おや何を書いていなます。何処どこぞのお馴染へ上げるふみでありんしょう。見せておくんなんし。」と立膝たてひざ長煙管ながぎせるに種員が大事の創作を
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
北条泰時が貞永式目じょうえいしきもくという法律を作りました時に、「かように沙汰候を、京辺みやこあたりには定めて物も知らぬえびすどもの書き集めたるふみとて、笑はるゝ方も候はんずらん、憚り覚え候。」
急げ、紙ぎれ、わがふみぎれよ。さちうすくわが追われたる、幸多きかのおん側に急ぎゆけ。
ふいと愛人のふみを自分に届けに来たような気がして、おもわず胸をおどらせながら立ち止まっていると、落葉の音だけをあとに残してその文使いは自分の傍を過ぎていってしまう。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
学校がどうのこうのと云ったって、正しいふみの道はただ一つさ。小野ノむらじにしろ、この僕にしろ、君とは一生を誓い合った同志じゃないか。その繰言くりごとだけはもういい加減に止めたまえ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
それを見ると、中の一つは自分のちょっと知っている、ある男からのふみであった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
先頃さきごろよりの礼厚くのべて子爵より礼のおくり物数々、金子きんす二百円、代筆ならぬ謝状、お辰が手紙を置列おきならべてひたすら低頭平身すれば珠運少しむっとなり、ふみケ受取りて其他には手もつけ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
妾は生きて再び両親にもまみえがたかるべしなど、涙と共に掻口説かきくどき、そののちまたふみして訴えけるに、彼も内心穏やかならずすこぶる苦慮のていなりしが、ある時は何思いけんいだき上げて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
それから始終隠れて逢ったりふみをやりとりしていらしたに違いない、などと……。其他、僕は一々覚えてはしません。彼女は恐ろしく興奮していましたし、僕も非常に興奮していました。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
蟲のも、我を咎むる心地して、繰擴くりひろげしふみ文字もじは、宛然さながら我れを睨むが如く見ゆるに、目を閉ぢ耳をふさぎて机の側らに伏しまろべば、『あたら武士を汝故そなたゆゑに』と、いづこともなくさゝやく聲
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
そうしてその情愛の中で幾多の秘義が、そのかくれた扉を私のために開いた。そうして文字なき真理のふみが、数多くそこに読まれた。私は謝恩のしるしにも、示されたものを綴っておきたい。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
こうした遠く過ぎ去った旧い愛のふみを私は手に一ぱいつかみ、私はそれを愛撫した。そして、思い出に今は物狂おしくなった私の心の中に、私は棄てた時の女の姿を一人々々見たのである。
一個ひとつの抽匣から取り出したのは、一束ひとつかねずつ捻紙こよりからげた二束ふたつふみである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)