引込ひっこ)” の例文
そしてもなく、わたくし住宅すまいとして、うみから二三ちょう引込ひっこんだ、小高こだかおかに、土塀どべいをめぐらした、ささやかな隠宅いんたくててくださいました。
が、すぐ町から小半町引込ひっこんだ坂で、一方は畑になり、一方は宿のかこいの石垣が長く続くばかりで、人通りもなく、そうして仄暗ほのくらい。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婆「何だか知りやしねえが武士さむらいの娘で有りやすが、浪人してひやア此の山家へ引込ひっこんだ者じゃアはと評判ぶって居りやす、ひやア」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もし強く抑えたり持ったりすれば、全体がきっと崩れてしまうに違ないと彼は考えた。彼は恐ろしくなって急に手を引込ひっこめた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
れば今僕は君の進退を賛成して居るから、君もまた僕の進退を賛成して、福澤は引込ひっこんで居る、うまいといって誉めてこそれそうなものだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
 (太吉も今は引込ひっこんでもいられず、恐る恐る這い出して来て、父のうしろに寄添よりそうと、重兵衛は鮓の折をって、その眼さきに突き付ける。)
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
はてナと思って、そのまま見ているとまた何かがヒョイッと出て、今度は少し時間があってまた引込ひっこんでしまいました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
『お前怨霊おんりょうが見たいの、怨霊が見たいの。真実ほんとに生意気なこというよこのひとは!』と言い放ち、つッとたって自分の部屋に引込ひっこんでしまった。僕は思わず
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私はもうあとは聴いていなかった。たれはばかる必要もないのに、そっと目立たぬように後方うしろ退さがって、狐鼠々々こそこそと奥へ引込ひっこんだ。ベタリと机の前へ坐った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ところ仕合しあわせにもミハイル、アウエリヤヌイチのほうが、こんどは宿やど引込ひっこんでいるのが、とうとう退屈たいくつになってて、中食後ちゅうじきごには散歩さんぽにと出掛でかけてった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
こちらは可笑おかしくなってきて、ニヤニヤすると、向うも、毛色の変った、ジャップの少年なので、気抜きぬけしたのか、ニヤッと笑いかえして引込ひっこみました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
生まれつきひ弱で、勝気ではあっても強気なところが見えない。世間に出てからは他に押され気味で、いつとはなしに引込ひっこ思案じあんに陥ることがならいとなった。
博士が燻製にあこがれること、実に、旱天かんてん慈雨じうを待つの想いであった。秘書は、びっくりして、引込ひっこんだ。
宙は取次ぎの男が引込ひっこんで往った後で、伯父に向って云う謝罪の言葉を考えながら黙然もくぜんと立っていた。
倩娘 (新字新仮名) / 陳玄祐(著)
隅っこの方に引込ひっこんで、素知らぬ顔をして窓の外の闇などを眺めて居る、磯上伴作の面上に、幾十人の視線が、痛くなるほど投げかけられましたが、肝心の磯上伴作は
「イヤ、ところが、どうもそうではなさそうなんです」津村はそのまま引込ひっこみはしなかった。
亀は花火のそばまで来ると首が自然に引込ひっこんでしまって出て来なかったのでありました。
赤い蝋燭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
すると、もぐらのお母さんは子供を引張ひっぱって、ずんずん下の方へ引込ひっこんで行きました。
もぐらとコスモス (新字新仮名) / 原民喜(著)
店のあとゆずった人も素性すじょうはよし(もちろん売り渡したのだが)安心して引込ひっこめますよ。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
京都のひとは、「はれがましい」という言葉ことばを使う、すなわち東京のいわゆる、「きまりが悪い」の意で、目立つ所に立ち、多数の環視かんしのもとに出ることをはれがましいといって引込ひっこむが
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
従順を装う彼の心の底から「今度はおとなしく何処までも引込ひっこんでいるぞ」と固き決意の閃きを感じて、これはしまったと思った。両雄ならび立たず、私は流を見詰めたまま暫く憮然としていた。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
黙って、おとなしく引込ひっこんでいてくれと話をめられました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
で、私は度々引込ひっこみのならないずかしい思いをした。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
... 六十までかけられましょうか。折角のお土産ですけれどもこれは一旦お引込ひっこませになってほかの良いのとおとりかえなすったらいいでしょう」と忠告されて大原は面目なく「そう致しましょう。今度は貴女あなたに見立て戴いて上等のを ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
浪「おい、何をいやアがるのだ、湯に遣そうが遣されめえがおめえの構った事じゃアねえ、生意気な事を云わねえで引込ひっこんでろい」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
途端に引込ひっこめた、年紀としの若い半纏着はんてんぎの手ッ首を、即座の冷汗と取って置きの膏汗あぶらあせで、ぬらめいた手で、夢中にしっかと引掴ひッつかんだ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「実は喧嘩をしていたのです。妻も定めて無愛想でしたろう。私はまた苦々にがにがしい顔を見せるのも失礼だと思って、わざと引込ひっこんでいたのです」
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まあ、そうかい」、と吃驚びっくりした拍子に、今迄の奥様がヒョイと奥へ引込ひっこんで、矢張やっぱり尋常ただ阿母かあさんになって了った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私は一切いっさい関係せず、ただひとり世の中を眺めて居るうちに、段々時勢が切迫して来て、或日あるひ三郎助さぶろうすけう人が私の処に来て、ドウして引込ひっこんで居るか。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
『しかし我々われわれ随分酷ずいぶんひど田舎いなか引込ひっこんだものさ、残念ざんねんなのは、こんなところ往生おうじょうをするのかとおもうと、ああ……。』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
重兵衛はそのまま内へ引込ひっこむと、舞台は元に戻る。おつやは抜き足をして窓の下にゆき、閉めたる戸の外から、内の会話をぬすみ聴くように耳をすましている。山風やまかぜの音。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だから格子をはずして降りようたって簡単にはゆかない。見す見す宝を前にして指をくわえて引込ひっこむよりほかしかたがないのであろうか。帆村は歯をぎりぎり噛みあわせて残念がった。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
表のに坐っていたお客も、船頭がオヤと言ってあっちの方を見るので、その方を見ると、薄暗くなっている水の中からヒョイヒョイと、昨日と同じように竹が出たり引込ひっこんだりしまする。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
とここまで……愛吉にお賤が言って聞かせて、見なさい、そういう御恩人だ、といっても、奴泡を吹いて、ブウブウの舌を引込ひっこませない。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
甚「そうか無理にお借り申そうという訳じゃアねえ、じゃアけえりましょう、新吉黙って引込ひっこんで居るなえ此処こゝへ出ろ、借りて呉れ、ヤイ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私の知っている兄弟で、弟の方は家に引込ひっこんで書物などを読む事が好きなのにえて、兄はまた釣道楽つりどうらく憂身うきみをやつしているのがあります。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ドウも貴様は亜米利加アメリカこうの御用中不都合があるから引込ひっこんで謹慎せよと云う。勿論もちろん幕府の引込めと云うのは誠に楽なもので、外に出るのは一向構わぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「今に見ておいて。必然きっとあの人を呼んで、お前さん達に見せ付けてるから……。嫌われたからと云って、すごすご指をくわえて引込ひっこむようなお葉さんじゃアないんだから……。確乎しっかり頼むよ。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
といって、このまま指をくわえて引込ひっこんでいるわけには、いかなかった。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うちを間違えたか知らと、一寸ちょっと狼狽したが、標札に確に小狐おぎつね三平とあったに違いないから、姓名を名告なのって今着いた事を言うと、若い女は怪訝けげんな顔をして、一寸ちょっとお待ちなさいと言って引込ひっこんだぎり
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そののちかれすこしも外出がいしゅつせず、宿やどにばかり引込ひっこんでいた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
三田の三角のとこの詰らないところ引込ひっこんで、それから此方こっち便たよって来て、誠に私も三年越し喘息で、今にも死ぬかと思うが死なれもし無いで
と指をかけようとする爪尖つまさきを、あわただしく引込ひっこませるを拍子ひょうしに、たいを引いて、今度は大丈夫だいじょうぶに、背中を土手へ寝るばかり、ばたりと腰をける。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私はその頃まだ十七八だったろう、その上大変な羞恥屋はにかみやで通っていたので、そんな所に居合わしても、何にも云わずに黙ってすみの方に引込ひっこんでばかりいた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やかましい、引込ひっこんでいろ。」と、市郎は疳癪かんしゃくおこして呶鳴どなり付けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
といって、周章あわてて衝立のかげに引込ひっこんだ。
「そう、そう、そう来るだろうと思ったんだ。が、こうなれば刺違えても今更糸こうに譲って、指をくわえて、引込ひっこみはしない。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
番「何じゃ、おのれが出る幕じゃアない、汝は飯炊めしたきだから台所に引込ひっこんで、飯のこげぬように気を附けてれ、此様こないな事に口出しをせぬでもいわ」
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この亭主はひたいが長くって、はすに頭の天辺てっぺんまで引込ひっこんでるから、横から見ると切通きりどおしの坂くらいな勾配こうばいがある。そうして上になればなるほど毛がえている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「は、」と、うなずくとひとしく門を開けてすかして見る、と取着とッつきが白木の新しい格子戸、引込ひっこんで奥深く門から敷石が敷いてある。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)