ねた)” の例文
若き三人の女神各三つの山に住し、今もこれを領したまふゆゑに、遠野の女どもはそのねたみを恐れて今もこの山には遊ばずといへり。
遠野物語 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)
巴里パリイの家の大きな三つの姿見に毎日半襟と着物のつりあひを気にして写し抜いた事などが醜い女のねたみのやうに胸を刺すのであつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
かえってねたみを表へ出すことよりもこれを院は苦しくお思いになって、なぜこうまで妻を冷淡にあつかったのであろうと歎息がされ
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
いかほどお前たちが口惜くちおしく存じてもせんない事さ。とかく人の目を引くような綺麗なものは何ののとねたまれ難癖を付けられるものさ。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
紋作はそれをねたんで、夜なかにそっと自分の人形を傷つけて、それを誤魔化すために途方もない怪談を作り出したに相違ないと認めた。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こんな美しい都にとゞまつてゐられる事自体がねたましいのだ。陽をさへぎつた、うつさうとした並木の下を、日本の兵隊が歩いてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
其樣そんなものに鼻毛はなげよまれてはてあとあしのすな御用心ごようじんさりとてはお笑止しようしやなどヽくまれぐちいひちらせどしんところねたねたしのつも
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
雄鶏はねたましげに蹴爪けづめの上に伸び上がって、最後の決戦を試みようとする。その尾は、さながらマントのすそを剣ではね上げているようだ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
春琴の眼疾というのは何であったか明かでなく伝にもこれ以上の記載きさいがないが後に検校が人に語ってまことに喬木きょうぼくは風にねたまれるとやら
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
メルキオルは彼に下賤げせんな趣味があるのだと言っていた。ジャン・ミシェル老人は彼がゴットフリートを慕ってるのをねたんでいた。
このから、少年せいねんのちいさいむねにはおほきなくろかたまりがおかれました。ねたましさににてうれしく、かなしさににてなつかしい物思ものおもひをおぼえそめたのです。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
男たちはおのづからすさめられて、女のこぞりて金剛石ダイアモンド心牽こころひかさるる気色けしきなるを、あるひねたく、或は浅ましく、多少の興をさまさざるはあらざりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
熊吉の義理あるおいで、おげんから言えば一番目の弟の娘の旦那にあたる人が逢いに来てくれた時にすら、おげんはあるねたましさを感じて
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
我母もその外の人々も暫くは君が上をのみ物語りぬ。その姿のやさしさ、その聲の軟さをば、穉き我心にさへねたましきやうに覺えき。姫。
「自分の負けが、よけいぶざまに見えたのは、彼が横から出しゃ張って、曹彰を追いのけたせいもある」と、変なねたみを抱いた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きつねごときは実に世の害悪だ。たゞ一言もまことはなく卑怯ひけふ臆病おくびゃうでそれに非常にねたみ深いのだ。うぬ、畜生の分際として。」
土神と狐 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
さう考へると矢張り、下手人は明日の庵室入りをくひ止めようとする、必死の怨みかねたみを持つたものといふ事になります。
放蕩ほうとう懶惰らんだとを経緯たてぬきの糸にして織上おりあがったおぼッちゃま方が、不負魂まけじだましいねたそねみからおむずかり遊ばすけれども、文三はそれ等の事には頓着とんじゃくせず
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
馬琴は崋山が自分の絵のことばかり考えているのを、ねたましいような心もちで眺めながら、いつになくこんな諧謔かいぎゃくろうした。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
美穂子がこの夏休暇をここに過ごすということがなんの理由もなしに清三の胸に浮かんで、ねたましいような辛い心地がした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
焼いたりねたんだりしている世間の野郎どもの目に、あっしたちの暮らしがどう映るだろうかと思うにつけ、なんとしてもこりゃ辛いことでさあ。
私とお八重さんが居なくなつたら、丑さんは屹度お作の所に許りゆくだらうと考へると、何かしらねたましい樣な氣もした。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
わしは別にねたみ心からそう言ったのではない。あの様な小僧を相手にするでもないが、態度が憎々しく非礼だったのが気にわったというまでだ。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
そこで主管にして使うことにしたが、他の店員にねたまれてもいけないと思ったので、許宣に金をやって店の者を河の流れに臨んだ酒肆さかやへ呼ばした。
雷峯塔物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
死んだくろあにが矢張黒と云った。遊びに来ると、しろが烈しくねたんだ。主人等が黒に愛想をすると、白は思わせぶりに終日しゅうじつ影を見せぬことがあった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そういう日は殿宵とのいの首尾もそれと察せられ、弥吉は、とうてい容れられないねたましさに、じりじり心を苛立いらだてていた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
先代が格別入懇じっこんにせられた家柄で、死天しでの旅のお供にさえ立ったのだから、家中のものがうらやみはしてもねたみはしない。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
殊更うれいを含む工合ぐあい凄味すごみあるに総毛立そうけだちながらなおくそこら見廻みまわせば、床にかけられたる一軸たれあろうおまえの姿絵ゆえ少しねたくなって一念の無明むみょうきざす途端
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
されど汝の隣人となりびと等をねたむなかれ、汝の生命いのちはかれらの邪惡の罰よりも遙に遠き未來に亘るべければなり。 九七—九九
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
……正直にいって、そのとき志保は初めて妹にねたみを感じた、ひじょうに激しい妬みといってもよいだろう。妹と違って志保は縹緻きりょうわるく生れついた。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それでねたまれて水銀を呑まされたとか言うことだ。その為に声は出なくなる、腰は立たなくなる、そのせいかどうかわからないが一種の中風になった。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
知るや知らずや、其不平は人を謗るにも非ず、物ねたむにも非ず、唯是れ婦人自身の権利を護らんとするの一心のみ。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
お増は品物をそこへ出して、お今にお辞儀をさせたが、自分にもそれが嬉しく思えたり、ねたましく思えたりした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そうして日を経て行くうちに、お君がいよいよ殿様のお気にかなってゆくことを、家来の人たちはねたみもけむたがりもせずに、恐悦してゆくのでありました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
暗い所にいて明るいほうに振り向いた時などの愛子の卵形の顔形は美の神ビーナスをさえねたます事ができたろう。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼はもっと上等の万年筆を、しかも、父自身に買ってもらう恭一の幸福を、少しもねたましいとは感じなかった。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
とかく美貌のものがうけるねたみであったろうと思われるが、後にはあまり素行の方では評判がよくなかった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
予壮時諸方のサーカスに随い行きし時、黒人などがほめき盛りの牝牡猴に種々みだりな事をして示すと、あるいは喜んで注視しあるいはねたんで騒ぐを毎度た。
少年科学探偵塚原俊夫つかはらとしお君の名がいよいよ高くなるにつれて、俊夫君をねたんだり、俊夫君を恐れたりする者が増え、近頃では、ほとんど毎日といってよいくらい
深夜の電話 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
彼は禍津日まがつひかみねたみにふれてただひとりの恋人をうしない嘆きのあまりにかような島となってしまった。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
アルカージナ それがねたみというものよ。才能のないくせに野心ばかりある人にゃ、ほんものの天才をこきおろすほかに道はないからね。結構なお慰みですよ!
そして彼をって以来、トニオ・クレエゲルは彼の姿を見ると、すぐにねたましい憧憬を感じた。それは胸の上のところに宿っていて、火のように燃えるのだった。
長崎屋の筋向うの玩具おもちゃ屋の、私はいい花客おとくいだった。洋刀サアベル喇叭らっぱ、鉄砲を肩に、腰にした坊ちゃんの勇ましい姿を坂下の子らはどんなにうらやましくねたましく見送ったろう。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
僕はあながち勝者をねたんで皮肉ひにくく考えもなければ、誰がどうと具体的に指さすことをくせぬが、かくのごとき人が世にありそうであり、またありと聞いている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
団結力も強ければ、「麗人族」の生活振りをにくねたむ感情においても、かなり旺盛なものであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは二羽の山鳩やまばとに対するふくろうの憤ったねたましい目つきでは少しもなかった。五十七歳の罪のない老女の唖然あぜんたる目つきであり、愛の勝利をながめてるむなしい生命だった。
甲板から帰って来た人が、大山大将を載せた船は今宇品うじなへ向けて出帆した、と告げた時は誰も皆ねたましく感じたらしい。この船は我船よりおくれて馬関へはいったのである。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
まったく、ねたましいような、待ちどおしいような、何に対してともなく高まってくる感情の中で、私は数年間の空白が彼にとって決して無駄ではなかったことをかんじた。
不折の如きも近来評判がよいので彼等のねたみを買い既に今度仏国博覧会へ出品するつもりの作も審査官の黒田等が仕様もあろうに零点をつけて不合格にしてしまったそうだ。
根岸庵を訪う記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それはねたみである。ドリスの噂に上ぼる人がみなねたましい。ドリスの逢ったと云う人が皆妬ましい。