蘇我そが)” の例文
是より先、欽明きんめい天皇の御代に伝へられた仏教に就いて、崇仏派の蘇我そが氏と排仏はいぶつ派の物部もののべ氏、中臣なかとみ氏との間に凄じい争闘が展開した
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
蘇我そが家の擅権せんけんと陰謀は、度かさなる流血の惨事をもたらしたのであったが、摂政の位につかれて後は、しばらくはこの争いもおさまったようにみえる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
この天皇は蘇我そが稻目いなめの大臣の女のオホギタシ姫と結婚してお生みになつた御子はタメの王お一方です。
物部氏は正史には大連おおむらじとあり、大臣は蘇我そが氏に限るが、この蘇我氏の中には、物部氏滅亡後その遺産をそっくりもらって物部大臣と称した蘇我氏の一人が実在しているのである。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それは、物部もののべの大族と、蘇我そがの大族との抗争であった。
下総千葉郡蘇我そが町大字小花輪字中峠
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
蘇我そが一族はまもなく中大兄皇子なかのおおえのおうじ藤原鎌足ふじわらのかまたりによって滅ぼされ、天智天皇大化改新を断行されて、わが国家がはじめて諸制度を整えたことは史に明らかである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
蘇我そが物部もののべ両族の争いにとどまらず、穴穂部皇子あなほべのおうじ宅部皇子やかべのおうじの悲しむべき最期があり、物部氏の滅亡についで、ついには崇峻すしゅん天皇に対する馬子うまこ等の大逆すら起っている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)