殷富いんぷ)” の例文
大内裏の外郭がいかくをなす十二の門のほかに、べつに掖門えきもんとして、上東門院と、上西門院とがある。王城の森の北端、殷富いんぷ門の先に見えるのが、それである。
或るときは共に地下の古市に遊ぶに、康衢かうく屋舍悉く存じて、往來織るが如く、その殷富いんぷ豐盛なること、ふみ讀む人の遺蹟を見て説き聞かするところに増したり。
頼襄が、いわゆる光仁・桓武の朝、彊埸きょうえき多事、宝亀中、廷議冗兵じょうへいをはぶき、百姓を殷富いんぷにす。才、弓馬に堪うる者は、もっぱら武芸を習い、もって徴発に応ず。その羸弱るいじゃくなる者みな農業に就く。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)