手沢しゅたく)” の例文
今ではその跡にバラック住いをして旧廬きゅうろの再興を志ざしているが、再興されても先代の椿岳ちんがく手沢しゅたくの存する梵雲庵ぼんうんあんが復活するのではない。
わたくしはこの尺牘を鷲津松隠が手沢しゅたくの詩文稿について見た。詩文稿は尾張丹羽村なる鷲津家の当主順光翁の蔵する所である。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
太閤様名残なごりの伏見桃山御殿のお間をそっくり移したということだから、大先輩の石川五右衛門氏が忍び込んだ手沢しゅたくのあともなつかしいなんぞの、そぞろ心から
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
きょうか明日あすかとも見える容態になっても、石舟斎は決してかわやへ通うのに、ひとの手を借らなかった。手沢しゅたくのかかった細竹の杖をついて、病室の濡縁ぬれえんから後架こうかへゆくのを常としていた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渋江家は代々学医であったから、父祖の手沢しゅたくを存じている書籍がすくなくなかっただろうが、現に『経籍訪古志けいせきほうこし』に載っている書目を見ても抽斎が書を買うためにおしまなかったことは想いられる。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お前達は父の手沢しゅたくのお蔭でここにいる。