寧親やすちか)” の例文
これは従来寧親やすちか信順のぶゆき二公にかわるがわる勤仕していたのに、六月からはかね岩城隆喜いわきたかひろしつ、信順の姉もと姫に、また八月からは信順の室欽姫かねひめに伺候することになったからであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そこで文化二年以来津軽家のようやく栄え行くのにたいらかならず、寧親やすちかの入国の時、みちに要撃しようとして、出羽国秋田領白沢宿しらさわじゅくまで出向いた。しかるに寧親はこれを知って道を変えて帰った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
文化十一年十二月二十八日、抽斎は始て藩主津軽寧親やすちかに謁した。寧親は五十歳、抽斎の父允成は五十一歳、抽斎自己は十歳の時である。想うに謁見の場所は本所ほんじょふたの上屋敷であっただろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)