天籟てんらい)” の例文
その刹那聞こえて来たものが、例のつづみの音である。春陽のようにも温かく松風のようにも清らかな、人の心を平和に誘う天籟てんらいのような鼓の音!
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
銀波、銀砂につらなる千古の名松は、清光のうちに風姿をくして、宛然えんぜん、名工の墨技ぼくぎ天籟てんらいを帯びたるが如し。行く事一里、漁村浜崎はまさきを過ぎて興なお尽きず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さすがにかの欧米の天にらいの如く響きわたりたる此等楽聖が深潭しんたんの胸をしぼりし天籟てんらいの遺韻をつたへて、耳まづしき我らにはこの一小機械子の声さへ、猶あたゝかき天苑の余光の如くにおぼえぬ。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その時、天籟てんらいの声かのように、霧立ちこめた谷底の遥か前方とおぼしい辺から鈴の音がおごそかに聞こえて来た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その語気に含まれた老人らしい謙遜さは、今でも天籟てんらいの如く筆者の耳に残っている。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
谷川の音は自然の鼓、松吹く風は天籟てんらいの琴、この美妙の天地のなかに胚胎はぐくまれた恋のつぼみに虫を附かせてはなりません。——幸福というものは破れ易くまた二度とは来ないものです
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)