れから番町の村田むらた六(後に大村益次郎おおむらますじろう)の処へ行て、その通りに勧めた所が、れは如何どうしても遣らぬと云うかんがえで、神田とは丸で説が違う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そのお通夜つやには、緒方先生おがたせんせいおしえをうけたものが、たくさんあつまってきました。そのなかに、村田蔵六むらたぞうろく(のちの大村益次郎おおむらますじろう)もいましたので、諭吉ゆきち
緒方塾時代の同窓村田蔵六むらたぞうろく大村益次郎おおむらますじろう)のごとき死ぬまで福沢の目には「云々の攘夷家」である。
福沢諭吉 (新字新仮名) / 服部之総(著)
門弟四千名、その中からは、高野長英たかのちょうえい大村益次郎おおむらますじろう清浦奎吾きようらけいごというような人々が出ていることも、もちろん特筆すべきであるが、それよりも驚くべきは、四千名というその数である。
淡窓先生の教育 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ソリャどうもいろ/\な面白いことかあるぜ、と云う。段々きいて見ると村田むらたすなわ大村益次郎おおむらますじろうとか佐野栄寿さのえいじゅ常民つねたみ)とか云うような有志者が、皆緒方の家に出入をして居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
こうした適塾てきじゅく生徒せいとなかから、わかい革命家かくめいか橋本左内はしもとさない軍人ぐんじん政治家せいじか村田蔵六むらたぞうろく(のちの大村益次郎おおむらますじろう)、医療いりょう制度せいどをあらためた長与専斎ながよせんさい日本赤十字社にほんせきじゅうじしゃをつくった佐野常民さのつねたみなど
そこで、こんどは、村田蔵六むらたぞうろく(のちの大村益次郎おおむらますじろう)にすすめてみました。すると
その時に村田蔵六むらたぞうろく(後に大村益次郎おおむらますじろう)が私の隣に来て居たから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)