出喰でく)” の例文
正三がじろじろ観察していると、順一の視線とピッタリ出喰でくわした。それは何かにいどみかかるような、不思議な光を放っていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それぎりまるでわなかったのが、偶然倫敦ロンドンの真中でまたぴたりと出喰でくわした。ちょうど七年ほど前である。その時中村は昔の通りの顔をしていた。そうして金をたくさん持っていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして大通りのガレイジのところで、車をおりて仲通りへ入って来ると、以前の朋輩ほうばいであり、今は松の家の分け看板として、めきめき売り出して来た松栄とひょっこり出喰でくわし、松島の死を知った。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おまえも知っているとおり、彼らはそこで美しい結婚をするのだ。しばらく歩いていると、俺は変なものに出喰でくわした。それは溪の水が乾いたかわらへ、小さい水溜を残している、その水のなかだった。
桜の樹の下には (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
手押車で運ばれて来る、老人の重傷者、顔と手を火傷している中学生、——彼は東練兵場で遭難したのだそうだ。——など、何時も出喰でくわす顔があった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
おそろしい怕しいことに出喰でくわした後の、ゆるんだ視覚がわたしらしかった。わたしはまわりの人混みのゆるい流れにもたれかかるようにして歩いた。後姿はまだチラついたが……。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
なたを振るって彼の手首を断ち切ろうとするのが、先刻の老人のようにおもえたりする。ふらふら歩いて行くうち、ふと彼は知人のKが弁護士らしい男と連れだっているのに出喰でくわした。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)