久我こが)” の例文
右大臣久我こが長通が、すすんで彼へ辞令をさずけた。先の位記いきを一階げ、あわせて武蔵守、鎮守府将軍に任ず、という朝命だった。
廉子はじめ後宮の女人にょにんたちもすべて、諸家の“あずめ”となって分散されていたのである。また新朝廷の、久我こがノ右大臣へも事のよしを報じてもどった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新朝廷の方は、西園寺公宗をはじめ、光厳帝の久我こがノ右大臣や中院ノ大納言も説きふせてあるし、また後伏見、花園の二上皇も、意地悪くは仰せもなく
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがてまた、三条の実継さねつぐや日野中納言資名すけななどもこれへ来て、奉侍ほうじした。久我こがさきノ内大臣もやってきた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで急遽きゅうきょ、この長井縫之助がえらばれ、新朝廷の西園寺、久我こがなどの大臣おとどをとおし、二上皇の御裁可をうながすべき東使とうしとして、派遣されて来たものだった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)