“おうじん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
応神40.0%
応身20.0%
應神20.0%
横陣20.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
しかし支那の書物が、正式にわが国に伝来したのは、応神(おうじん)天皇の十六年二月(皇紀九四五西暦二八五)博士王仁(わに)が百済から、「論語」と「千字文」とを持参して、朝廷へ献上したのが最初である。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
そのごとく、法身(ほっしん)、応身(おうじん)、報身(ほうじん)の三つは、一釈尊に備わっていたのでした。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで、これを「応身(おうじん)の仏陀」と言います。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところがこの應神(おうじん)、仁徳兩天皇(にんとくりようてんのう)の御陵(ごりよう)は、日本(につぽん)の御陵中(ごりようちゆう)でも一番(いちばん)大(おほ)きい立派(りつぱ)な前方後圓(ぜんぽうこうえん)の塚(つか)と申(まを)すべきで、なかにも仁徳天皇(にんとくてんのう)の御陵(ごりよう)の周圍(しゆうい)は約半里(やくはんり)くらゐもあり、世界中(せかいじゆう)にかような大(おほ)きな古墳(こふん)は
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
とはいえこの横陣(おうじん)が、奥行きの浅い薄手だったのはいうまでもない。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)