香炉こうろ)” の例文
旧字:香爐
香炉こうろにかいてあるりゅうのいろも、また、ししのすがたも、いきいきとして、新鮮しんせんで、とうてい二千ねんもたつとは、おもえませんでした。
ひすいの玉 (新字新仮名) / 小川未明(著)
インド人の前の壁には、なんだか魔物みたいなおそろしい仏像の絵がかかって、その前の台の上には大きな香炉こうろが紫色の煙をはいています。
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
平床ひらどこに据えた古薩摩こさつま香炉こうろに、いつき残したる煙のあとか、こぼれた灰の、灰のままにくずれもせず、藤尾の部屋は昨日きのうも今日も静かである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
閼伽あかの具はことに小さく作られてあって、白玉はくぎょく青玉せいぎょくで蓮の花の形にした幾つかの小香炉こうろには蜂蜜はちみつの甘い香を退けた荷葉香かようこうべられてある。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
お坊さんは、壇の上の独鈷とっこをとって押頂おしいただき、長い線香を一本たて、捻香ねんこうをねんじ、五種の抹香を長いのついた、真ちゅうの香炉こうろにくやらす。
その窓の前のたなの上に青磁の香炉こうろが据えてあったので、そこにじんのようなものがひそかにゆらしてあったのかも知れない。
むらさきの糸がのぼるように、縷々るると、香炉こうろの中から、においが立って、同時に、列座の衆僧の声が朗々と、唱和した。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると老人は座敷の隅から、早速二人のまん中へ、紫檀したんの小机を持ち出した。そうしてその机の上へ、うやうやしそうに青磁せいじ香炉こうろ金襴きんらんの袋を並べ立てた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お雪はそう言いながら、すすぼけた押入れの中から何やら、細長い箱に入ったものや、黄色いきれに包んだ、汚らしい香炉こうろのようなものを取り出して来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
唐物からものかご芙蓉ふよう桔梗ききょう刈萱かるかやなど秋草を十分にけまして、床脇の棚とうにも結構な飛び青磁の香炉こうろがございまして、左右に古代蒔絵こだいまきえの料紙箱があります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かたわらの飾り台の上に、大いなる青銅の香炉こうろありて、香煙立ち昇る。傍に、唐獅子からじしの陶器の香盒こうごうを置く。王座のうしろに、丈高き二枚折りの刺繍屏風。
急にひきしまった顔で香炉こうろを引きよせ、埋火うずみびの上に銀葉ぎんようをのせ、香づつみをひらいて香を正しく銀葉のまんなかにのせ、香炉を右にとり、左に持ちかえ
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
形ばかりの台の上に載せた香炉こうろに線香を立てて、平次は膝行いざり寄るように、死骸の上に掛けた布を取りました。
那覇なはの波の上という丘陵の高みでは、毎年日を定めてこの附近の居留者が、おのおのその故郷の方角に向けて香炉こうろを置き、それぞれの本国に向かって遥拝の式
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
雷門から円タクをやとって家に帰ると、いつものように顔を洗い髪を掻直した後、すぐさますずりそば香炉こうろに香を焚いた。そして中絶した草稿の末節をよみ返して見る。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
香をひとつかみつかんで香炉こうろの中に投げこんだ。ゆらゆらと多量の煙がすすけた天井に立ち上る間に、天願氏が両手を合せて口の中でぼしゃぼしゃと言ったのが見えた。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あるいは銀色のあおく光るものあり、またあかがねさびたるものあり、両手に抱えて余るほどな品は、一個ひとつも見えないが、水晶の彫刻物、宝玉のかざりにしききれひいな香炉こうろの類から
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
竹下氏は朝鮮がわらの蒐集家として聞えているが、その蒐蔵の中には多くの見事なせんや瓦の外に、菓子型、筆筒ひっとう真鍮しんちゅう香炉こうろなど優品が多い。いずれも忘れ難いものであった。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
一度二人取組んだまゝ、菊太郎君の家の床の間へ倒れて、青磁せいじ香炉こうろの脚を折ったことがある。これは宝物だそうだ。僕のお父さんが、大変気の毒がって、あやまりに行った。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
午後、彼は気に入ったものを幾つか択り出した、長いテーブルが二つ、椅子を四つ、一そろいの香炉こうろ燭台しょくだい、一桿のかつぎ斤量きんりょう、彼は又あらゆる藁灰を欲しいというのであった。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
部屋部屋には一個ずつ香炉こうろがあった。香炉から煙りが立っていた。催淫薬さいいんやくの匂いがした。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、両側の柱には四幅しふくの絵をけて、その中間になった所にも何かの神の像をえがいた物を掛けてあった。神像の下には香几こうづくえがあって、それには古銅の香炉こうろ花瓶かびんを乗せてあった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
どこの祭壇さいだんでも、りっぱな銀のランプに、よいかおりのする油が燃やされました。牧師さんたちが香炉こうろをふりました。花嫁と花婿はなむこはたがいに手をとりあって、僧正そうじょうさまの祝福をうけました。
この聖像せいぞう代診だいしんみずかってここにけたもので、毎日曜日まいにちようびかれ命令めいれいで、だれ患者かんじゃ一人ひとりが、って、こえげて、祈祷文きとうぶんむ、それからかれ自身じしんで、各病室かくびょうしつを、香炉こうろげてりながらまわる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
忽ちのうちに金に詰まり初め、御書院番のお役目の最中は、居眠りばかりしていながらに、時分を見計らっては受持っている宝物棚の中から、音に名高い利休の茶匙ちゃさじ小倉おぐらの色紙を初め、仁清にんせい香炉こうろ
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのために敷布をひっかけて法衣の代わりにして、何か香炉こうろの代わりになるものを猫の死骸の上で振り回しながら、讃美歌をうたったものである。これは厳重な秘密裡ひみつりにこっそりと取り行なわれた。
その毛氈の上には小さな香炉こうろのようなものが載さっていて
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「あの、りゅうがかいてある香炉こうろあたまは、ししのくびなんだね。」と、だいにのっている、そめつけの香炉こうろを、竹夫たけおはさしました。
ひすいの玉 (新字新仮名) / 小川未明(著)
薫々くんくんと匂う糸は香炉こうろのけむりか。二本の赤い絵蝋燭えろうそくの灯があかあかと白髯はくぜんの横顔、頬のクボを描いている。李逵はあさはかにも思い込んだものだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
焼香の時、重子がこうをつまんで香炉こうろうちくべるのを間違えて、灰を一撮ひとつかみ取って、抹香まっこうの中へ打ち込んだ折には、おかしくなって吹き出したくらいである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かえりに区役所前の古道具屋で、青磁せいじ香炉こうろを一つ見つけて、いくらだと云ったら、色眼鏡いろめがねをかけた亭主ていしゅ開闢かいびゃく以来のふくれっつらをして、こちらは十円と云った。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
半揷はんぞうや、たらいや、首板や、机や、香炉こうろや、屋根裏の場面の再現のために必要な小道具類が揃えられると、気の毒な道阿弥は肩から以下を床下にうずめて、寂然じゃくねんたる一箇の首と化した。
位牌いはい、燭台一つ、香炉こうろ一つ残したあとは、みんな私の家の物置に預けて置きましたよ
あんらあがみ(油甕)、あんびん(水甕)、ちゅうかあ(酒土瓶どびん)、からから(酒注)、わんぶう(鉢)、まかい(わん)、その他、壺、皿、徳利とっくり花活はないけ香炉こうろ湯呑ゆのみ、等色々の小品が出来る。
現在の日本民窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
談義が長いので皆辟易へきえきする。次は青磁せいじ香炉こうろだった。この二品ふたしなで一時間余り喋り続けた。その間、私達二人は身動きも出来ない。これくらい窮命きゅうめいすれば堪忍して貰う値打が充分あると思った。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
思うままの地金を使って、実物のおおきさ、姫瓜、烏瓜ぐらいなのから、小さなのは蚕豆そらまめなるまで、品には、床の置もの、香炉こうろ香合こうごう、釣香炉、手奩てばこたぐい。黄金の無垢むくで、かんざしの玉をきざんだのもある。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
坊さんたちが香炉こうろをゆすっているなかで、花よめ花むこは手をとりかわして、大僧正だいそうじょうの祝福をうけました。人魚のひいさまは、絹に金糸の晴れの衣裳いしょうで、花よめのながいすそをささげてもちました。
それに、いいにおいがするので、竹夫たけおは、ふたをはなにあてて、どんなひとが、この香炉こうろっていたかと、はるかな過去かこ想像そうぞうしたのでした。
ひすいの玉 (新字新仮名) / 小川未明(著)
唐獅子からじし青磁せいじる、口ばかりなる香炉こうろを、どっかとえた尺余の卓は、木理はだ光沢つやあるあぶらを吹いて、茶を紫に、紫を黒に渡る、胡麻ごまこまやかな紫檀したんである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はとみたいな眼を見あわせて、暗にそうささやき合っているような容子ようすだし、お市の方も、名玉めいぎょく香炉こうろのごとく、端厳たんげんとして、飽くまでうるわしくはあるが、ひややかに
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女はおり/\、傍の机の上から香炉こうろを取って、それで髪の毛をきしめる。
道人どうじんは薄赤い絹を解いて、香炉こうろの煙に一枚ずつ、中の穴銭あなせんくんじたのち、今度はとこに懸けたじくの前へ、丁寧に円い頭を下げた。軸は狩野派かのうはいたらしい、伏羲文王周公孔子ふくぎぶんおうしゅうこうこうしの四大聖人の画像だった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
香炉こうろに線香を立てて、床に短刀が一口ひとふりあった。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
普通、諸国へだすものは、今も久米一の邸のそば日向ひあたりに、まだ火も釉薬うわぐすりもかけぬ素泥すどろの皿、向付むこうづけ香炉こうろ、観音像などが生干なまぼしになってし並べてあるそれだ。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宣徳せんとく香炉こうろ紫檀したんの蓋があって、紫檀の蓋の真中には猿をきざんだ青玉せいぎょくのつまみ手がついている。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「されば、江口の君たちには、中君なかのきみ主殿とのも香炉こうろ、小観音、孔雀などという佳人もおりましたが、近頃では、大江玉淵おおえのたまぶちの娘、白女しらめの君に及ぶものはありません」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小野さんは黙然もくねん香炉こうろを見て、また黙然と布団を見た。くず格子ごうしの、畳から浮く角に、何やら光るものが奥にはさまっている。小野さんは少し首を横にして輝やくものを物色して考えた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
孤児みなしごであるうえに、寺育ちのせいもあろう、お通という処女おとめは、香炉こうろの灰のように、冷たくて淋しい。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家は田舎いなかにありましたけれども、二ばかり隔たった、——その市には叔父が住んでいたのです、——その市から時々道具屋が懸物かけものだの、香炉こうろだのを持って、わざわざ父に見せに来ました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さっき、そこへ戻った菊田兆二郎は、何食わぬ風をよそおって、香炉こうろか何かに鯉絵こいえ彩管さいかんをとっていた。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)