とり)” の例文
今その上さんが熊手持って忙しそうに帰って行くのは内に居る子供がとりいちのお土産でも待って居るのかとも見えるがそうではない。
熊手と提灯 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
大鷲おおとり神社の傍の田甫の白鷺しらさぎが、一羽ち二羽起ち三羽立つと、明日のとりまちの売場に新らしく掛けた小屋から二三にんの人が現われた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「うんにゃ、よくあるやつよ。こりゃあどうも惑信沙汰に違えねえて。」と半ば独言のように藤吉は憮然として、「今日はとりだのう?」
十二支というのは、子、うしとら、卯、たつうまひつじさるとりいぬの十二で、午の年とか酉の年とかいうあの呼び方なのです。
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さるこくからとり下刻げこくまで、わずかまだ一刻半(三時間)のあいだでしかない。野に満ちていた味方の旗幟きしは、いずれへついえ去ったのか。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
往還わうくわんよりすこし引入ひきいりたるみちおくつかぬのぼりてられたるを何かと問へば、とりまちなりといふ。きて見るに稲荷いなりほこらなり。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
とりさま前後から春へかけて、お庄は随分働かされた。一日立詰めで、夜も一時二時を過ぎなければ、火を落さないようなこともあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
石を撫でながら、なにげなく石の裏を見ると、そこに、「二十一、とりの女の墓」と小さく刻んであるのが、はからず眼に触れてゾッとしました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
天頂より未申ひつじさる、ややとりに寄るフン……と? よし、これだな。今井君、そこの岩に登って下さい。たしかこの辺から真壁の町の灯が見える筈だ。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
きょうは風が南に変って、珍らしく暖いと思っていると、とりの上刻に又檜物町ひものちょうから出火した。おとつい焼け残った町家まちやが、又この火事で焼けた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
幸ひにこの騷ぎが片付かなかつたので、内儀のおとりも、手代の文治も、店へは歸らずにこの寮に止まり、内々はお里の悲歎を見張つて居ります。
東京浅草におおとり神社があって、毎年十一月のとりの日にその社の祭礼がある。ここに参詣さんけいするものは、おのおのクマデを買って帰ることになっている。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
朔日ついたちとりでしたから、……酉、いぬ……、あっ、の四日……。それで、鼠が四匹か……。どっちみち、あの碁石を
この加頭一家は、十一月のとりの町には吉原土手へ店を出した。熊手のかんざしを売ったこともあったが、ささに通したお芋を売った。がりがりの赤目芋だった。
此年このとし三のとりまでりてなかにちはつぶれしかど前後ぜんご上天氣じやうてんき大鳥神社おほとりじんじやにぎわひすさまじく、此處こゝかこつけに檢査塲けんさばもんよりみだ若人達わかうどたちいきほひとては
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あかつきのの刻(午前六時)からうまの刻(十二時)までの半日を泰親の祈祷と定め、午の刻からとりの刻(午後六時)までの半日を玉藻の祈祷と定め
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
京都内外の古い大きな神社でも、さるの日とりの日またはの日等を以て、毎年の例祭を執り行うものが、稀ではない。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
此年三のとりまでありて中一日はつぶれしかど前後の上天気に大鳥神社のにぎはひすさまじく、此処をかこつけに検査場の門より乱れ入る若人達の勢ひとては
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
四谷の須賀神社の祭礼と神輿、山の手方面ただ一つのとりいち、等についても語りたかったがもう紙数がつきた。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
吉原のとりの市なんか僕も見たかった。二、三日漫然とあるきたい。手紙をかくだけでも随分骨が折れる。以上。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
たしかとりの町の日でしたろう、お隣の仕舞屋しもたや小母おばさんから、「お嬢さん、面白いものを見せてあげましょう」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
だが三のとりに私は美佐子と徹夜で遊んだ。それを何かドサ貫が誤解しているらしいということだけはわかった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
この日のいくさとりの終までには片づきまして、その夜は打って変ってさながらきつねにつままれたような静けさ。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
一のとりが済んで七五三の祝い日ごろに成ると、大拡の木の葉が吹き落され、毎日こがらしが吹きすさむ。
隣の座敷では二人の小娘が声をそろえて、嵯峨さがやおむろの花ざかり。長吉は首ばかり頷付うなずかせてもじもじしている。お糸が手紙を寄越よこしたのはいちとりまえ時分じぶんであった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
浅草の観音さまにも遠くはないし、吉原遊廓ゆうかくは目と鼻のさきだし、おとりさまはここが本家である。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
他の者の知らない間に主婦おかみさんが、もう一昨日おとといから断られないお客様にお約束を受けていて、つい今、おとりさまに連れられて行ったから、今晩は遅くなりましょうッて。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
年中行事のとりまち、この市は深川にも四谷乃至巣鴨にもあるが、どうしても浅草に落を取られる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
甲戌こうじゅつおおい斉眉山せいびざんに戦う。うまよりとりに至りて、勝負しょうはいあいあたり、燕の驍将ぎょうしょう李斌りひん死す。燕また遂にあたわず。南軍再捷さいしょうしてふるい、燕は陳文ちんぶん王真おうしん韓貴かんき、李斌等を失い、諸将皆おそる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
土地の話のついでだ。この辺の神棚には大きな目無し達磨だるまの飾ってあるのをよく見掛ける。上田の八日堂ようかどうと言って、その縁日に達磨を売る市が立つ。丁度東京のとりいちにぎわいだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ゆうべとりこくさがりに長橋のおばあさまが亡くなられた。長命な方で、八十七歳になっておいでだった。御臨終は満ち潮のしぜんと退いてゆくような御平安なものだったという。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
左様さやうでございますか、わたしひさしい以前いぜん二のとりの時に一人ひとりつれがあつて丸屋まるやあがり、あなたが出てくだすつて親切にしてくだすつた、翌年よくねんのやはり二のとりの時にひさりで丸屋まるやあがると
舞はまだ午四剋からとり四剋まで続くのであるがあとは略して右の三例を考えてみよう。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
作りは父の好みで、彼女の爲めにとりの歳にちなんで金無垢きんむくの雞の高彫たかぼりを目貫めぬきに浮き出させ、鞘は梨子地なしぢで、黒に金絲を混ぜたふさ付きの下げ緒が長く垂れ、赤地金襴の袋に入つてゐる。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
主に台所道具で、上等のものではないにしても何か活々いきいきしたものを感じます。浅草のとしいちとりいちなど、昔に比べては格が落ちたでありましょうが、それでも心をそそる光景を示します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
御しゅえんがはじまりましたのは宵のとりのこくごろでござりましたろうか。
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
早手廻しに、もうその年のとりの市を連れて歩行あるいた。従って、旅費の残りどころか、国を出る時、祖母としよりが襟にくけ込んだ分までほぐす、羽織も着ものも、脱ぐわぐわで、暮には下宿を逐電ちくでんです。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余事なれどとりの市とは、生たる鶏を売買せし也。農人の市なれば也。
江戸の玩具 (新字旧仮名) / 淡島寒月(著)
「いや、あわてるだけのことはありますよ。私はとりの年ですからね」
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あたれる歳次さいじ治承じしょう元年ひのととり、月の並びは十月とつき二月ふたつき、日の数、三百五十余カ日、吉日良辰りょうしんを選んで、かけまくも、かたじけなく、霊顕は日本一なる熊野ゆや三所権現、飛竜大薩埵ひりゅうだいさった教令きょうりょうのご神前に
「唐の芋、そら、おとりさまで、笹に通して売ってるでしょう、あれ」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「考えてみなさい、もう去年の十一月からたよりがないじゃないかの、どうせ今は正月だもの、本気に考えがあれば来るがの、あれは少し気が小さいけん仕様がない。とり年はどうもわしはすかん。」
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そしてなにの歳だといつたからおとなしくとりの歳だと答へたら
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
また西北いぬいの一方は岩石聳え、密林しげり、毒蛇や悪蝎あっかつたぐい多く、鳥すらけぬ嶮しさで——ただ一日中のひつじさるとりの時刻だけしか往来できぬ
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天頂より未申ひつじさる、稍々とりに寄るフン……と? よし、これだな。今井君、そこの岩に登って下さい。たしかこの辺から真壁の町の燈が見える筈だ。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
文久かのととり年は八月の朔日ついたち、焼きつくような九つ半の陽射しに日本橋もこの界隈はさながら禁裡のように静かだった。
大きな縁起棚の傍には、つい三四日前のとりいちで買って来た熊手などが景気よく飾られて、諸方からの附届けのお歳暮が、山のように積まれてあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その裏に下駄の歯入れが住んでいて、その婆さんのおとりというのが朝晩の手伝いに来ていたと、家主は説明した。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とりの下刻と思われる頃であった。文吉が背後うしろから九郎右衛門の袖を引いた。九郎右衛門は文吉の視線を辿たどって、左手一歩前を行く背の高い男を見附けた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
隣りの部屋には、越後屋の内儀のおとりと、伊三郎の父親——志賀屋の主人の伊左衞門と、お里、お勢、お露の三人姉妹がおびえきつた顏を揃へて居りました。