のが)” の例文
で、結局十二人は異端焚殺に逢ってしまったのだが、ウイチグスのみは秘かにのがれ、この大技巧呪術書を完成したと伝えられている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
“ワシントン、一夜のうちに崩壊ほうかいす——白堊館最初に犠牲ぎせいとなる。危機一髪、ル大統領、身を以てのがれる。崩壊事件の真相全く不明”
有爲轉變うゐてんぺんの世の中に、只〻最後のいさぎよきこそ肝要なるに、天にそむき人に離れ、いづれのがれぬをはりをば、何處いづこまでしまるゝ一門の人々ぞ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
議官セナトオレの甥と鞘當さやあてして、敵手あひてにはきずを負はせたれど、不思議にその場をのがれ得たり。かくてこたび「サン、カルロ」座には出でしなり。
彼らはにわかに姿をかくしたにちがいない。——あきらかに本船を意識してのがれた、とそう思われた。港の家々はも抜けの殻であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
並木の桜にもたれかかって、内蔵助は、ぐんにゃりとしていた。あんな危機をのがれた生命いのちであることも、まだ判乎はっきりと知らないように——
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生せんせいさん戯談じやうだんいつて、なあにわしや爺樣ぢいさまたれたんでさ」勘次かんじ只管ひたすら醫者いしやまへ追求つゐきう壓迫あつぱくからのがれようとするやうにいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
お雪ちゃんは、当然ここで死なねばならぬ運命をのがれて、とにもかくにも、無事にこの白骨を立ち出でたのは果報でございました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
先ず経済的に独立しなければ、男子の専横からのがれることができない。こう知った女は職業をこの社会に向って要求したのである。
婦人の過去と将来の予期 (新字新仮名) / 小川未明(著)
父母たる者の義務としてのがれられぬ役目なれども、ひとり女子に限りて其教訓を重んずるとはそもそも立論の根拠を誤りたるものと言う可し。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
支出に対する租税は吝嗇家りんしょくかのがれるであろう。彼は毎年一〇、〇〇〇ポンドの所得を有ち、そして単に三〇〇ポンドを費すに過ぎないであろう。
のがれて、山に入るのがせめても反逆で御座る——強力に存分に、思うところを押し進むる父上に、私風情がさからうことなど思いも寄らない
と咄嗟に、私にも蒼空の下には飛び出せない我身の永劫えいごふのがれられぬ手械足枷てかせあしかせが感じられ、堅い塊りが込み上げて来て咽喉のどもとがつかへた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
もしも小山さんが自分の責任をのがれるような工風くふうをするとかあるいは和女おまえたのんで家へ金を借りに来るような意気地いくじのない人であったら
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
わたしは生活とその煩累はんるいのがれ、人の言う、夢の世界に隠れ家を求めようとする。わたしは、終夜、帽子を根気よく探す夢を見た。
大王猿猴の勧めに依って弓を引いて敵に向いたもうに、弓勢ゆんぜい人にすぐれてひじ背中はいちゅうに廻る。敵、大王の弓勢を見てを放たざる先にのがれぬ。
これは誰もこの雁字といふ題に気がつかなかつたためで、余も輪講の当時書物を見ずに傍聴して居たのでこの題を聞きのがしてしまふた。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
悪人ながらお柳は実母でございますから、親殺しのかどは何うしてものがれることは出来ませんので、町奉行筒井和泉守様はよんどころなく
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
白羽しらはの箭が立った若者には、勇んで出かける者もある。抽籤くじのがれた礼参りに、わざ/\こうざいの何宮さんまで出かける若者もある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この画は平家の若い美くしい上臈じょうろうだんうらからのがれて、岸へ上ったばかりの一糸をも掛けない裸体姿で源氏の若武者と向い合ってる処で
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
この時根津ねづ茗荷屋みょうがやという旅店りょてんがあった。その主人稲垣清蔵いながきせいぞう鳥羽とば稲垣家の重臣で、きみいさめてむねさかい、のがれて商人となったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「花鳥諷詠」という宿命はのがれることは出来ない。もし諸君がその宿命に甘んずる決心がつけば俳句の天地にとどまってつとめられよ。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
乗員もまた独逸海軍の精をすぐったものか、百発百中! いったん狙われたが最後、未だこの海の狼からのがれ得た船はなかった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それにしても和主おぬし不憫ふびんなが、何にも知らずこんな山へ迷い込んで来たばかりに、のがれることも出来ない呪いの網にかかってしまったのだ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
これはすべて輪廻りんね造顕ぞうけんによることでござって、まして、限り知れたわれらの法力ほうりきでは、その呪いからのがれしむることはむずかしゅうござる
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
お亀は一寸のがれの口上で、なんとか此の場を切り抜けるつもりらしかったが、相手はなかなか承知しなかった。女はかさにかかって又云った。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
のがれて嬉しいという多くの歌を残しているのと反対に、そんな泣言なきごとはもう流行しなくなってから、かえっておそろしく塵が我々を攻め出した。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
塾の庭にある桜は濃い淡い樹の影を地に落していた。谷づたいに高瀬はひとり桑畠の間を帰りながら、都会からのがれて来た自分の身を考えた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何でも相手の銃先つゝさきからのがれたい一心で、死物狂しにものぐるひに踠いてゐるうち、古い柳の根を発見めつけて、それにすがつてやつとこさであがる事が出来た。
土地の芸者も顔が揃うた。二三度、その中に、国手、お前んも因果はのがれぬ、御存じですだ、滝の家の清葉とな、別嬪べっぴんが居たでねえですか。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そののがれられぬを観じて神妙にお縄をちょうだいしたらどうだッ! このにおよんで無益の腕立ては、なんじの罪科ざいかを重らすのみだぞッ!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ここまで身はのがれ来にけれど、なかなか心安からで、両人ふたり置去おきざりし跡は如何いかに、又我がんやうは如何いかになど、彼は打惑へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
女は恐ろしいものからのがれたように、「ああ。」と言って溜息をついたが、息がはずんでいるために肩さきが震えて見えた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「当然あるべきことを非常に恐れて無暗にのがれようとするのはな話だと思う。生が人生の実務なら、死も亦人生の実務だ」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
犯すに至れること恐るべき次第なりされどもてんまことてらし給ふにより大岡越前守殿の如きけん奉行の明斷めいだんに依てのがれ難き死刑一等を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その陶酔と恍惚から谷村ものがれることはできない。谷村は抱擁に就いて考へる。抱擁の素子は音楽の助力を必要としない。
それは老練な猟犬のもつ、誤りのない判断と、ぎつけた獲物は決してのがさない、冷静で執拗しつようなねばり、という感じを連想させるものであった。
夕靄の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
然らば豊内記に「洛中ニすみカネテ西山辺ニ身ヲのがレ、菜摘水汲薪採リ心ナラズモ世ヲ厭ヒ、佛ヲ供養シテゾ光陰ヲ送ケル」
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
到底とてものがれぬ不仕合ふしあわせと一概に悟られしはあまり浮世を恨みすぎた云い分、道理にはっても人情にははずれた言葉が御前おまえのその美しいくちびるから出るも
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
たちまち、暗澹あんたんたる海上かいじやうに、不意ふい大叫喚だいけうくわんおこつたのは、本船ほんせんのがつた端艇たんていあまりに多人數たにんずうせたため一二そうなみかぶつて沈沒ちんぼつしたのであらう。
もう蟹はのがれることはできません。網を一打ち、バッサリとやられればそれでおしまいです。蟹はその時下を見ました。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
離れず。君となり臣となること、全く私にあらず。生死禍福は、人情の私曲なるにしたがはず。天命歴然としてのがるゝ処なし
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そこでその過失の反理性的なとこに、どうかすると一旦堕落した女の、自業自得の禍からのがれ出る手掛かりもあるものだ。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
思うている幽霊が、三世も四世も前から、生きかわり死にかわり、いろいろのさまを変えてつきまとうているから、のがれようとしても遁れられないが
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は天災地變にさいなまれる人生の焦熱地獄に堪へられなくなつて、この假現の濁世ぢよくせ穢土ゑどからのがれようとしたのです。そして解脱げだつしようとしたのです。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
かの淑女に從はんため我若うして世をのがれ、身に彼の衣をまとひ、またわが誓ひをその派の道に結びたり 一〇三—一〇五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そうして、きのう私にむかって、病気賜暇しか願いを送らなければならないと言った。そんなものは、まぼろしの仲間をのがれるための願書ではないか。
勝四郎が妻なるものも、いづちへものがれんものをと思ひしかど、此の秋を待てと聞えしをつとことばを頼みつつも、安からぬ心に日をかぞへて暮しける。
その度ごとに偶然にも、馬車は急転して銃口からのがれるのだった。遁れては隠れ、遁れては樹の陰に隠れるのだった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
つがひたる一矢は、はや先方の胸を刺したり、かかる事に注意深き庄太郎の、いかでかは昨日夏と聞きし名の、その封筒に記されたるを見のがすべき。
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)