輿こし)” の例文
そこに待つこと三十分ばかり。その間に、老中ろうじゅう初め諸大官が、あるいは徒歩、あるいは乗り物の輿こしで、次第に城内へと集まって来た。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何も下品に育つたからとて良人の持てぬ事はあるまい、ことにお前のやうな別品べつぴんさむではあり、一そくとびにたま輿こしにも乗れさうなもの
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
坊門ノ宰相清忠は、そうそう下山して行ったが、途中の輿こしのうちでも、瘧病おこりかかったようなだるい熱ッぽさを持ちつづけて帰った。
しかしそれらの悪魔の中で、最も我々に興味のあるものは、なにがしの姫君ひめぎみ輿こしの上に、あぐらをかいてゐたと云ふそれであらう。
悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「いや昔は三千の衆徒の上に立つ主でも今は罪人の私、輿こしなどはもったいない。たとえのぼるにしてもわらじばきで、貴方方と一緒に」
秀吉は輿こしに乗っていながら、「瀬兵衛骨折骨折」と云ったので中川は「あいつ、はや天下を取った気でいやがる」とつぶやいたと云う。
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いつのまにか尾州様のけっこうな玉の輿こしに乗って、あっしとらにゃめったに拝むこともならねえお手かけさまに出世していたんですよ。
象の背中には欄干てすりの付いた輿こしのようなものを乗せていた。輿の上には男と女が乗っていた。象のあとからも大勢の男や女がつづいて来た。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
駿河台の老婦人は、あわれ玉の輿こしに乗らせたまうべき御身分なるに、腕車くるまに一人のり軽々かろがろしさ、これを節倹しまつゆえと思うは非なり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それぢやお由良には玉の輿こしだ。祝言前に評判を立てられるやうなお由良ぢやあるめえ。——こいつは變だよ、もう一度行つて見るがいゝ」
纏布ターバンを巻いた、頭でっかちで眼ばかり大きな王が輿こしにのっているところや、狩猟の絵がある。余白に記録らしい文字があった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
癩で眼がつぶれ、関ヶ原の戦では輿こしに乗って指揮をしたという大谷刑部少輔吉継の子で、姉はモニカ真弓、弟はジェリコ菊丸。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
親子で言いあらそいをしているうちに、輿こしがもう門口へ来て、お供の侍女が群をしていた。そして十娘が来て、奥へ往って舅と姑に挨拶した。
青蛙神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
土佐とさ御流罪ごるざいの時などは、七条から鳥羽とばまでお輿こしの通るお道筋には、老若男女ろうにゃくなんにょかきをつくって皆泣いてお見送りいたしたほどでございました。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
輿こしにかゝれておしろへはせつけられまして、「小島若狭守がだん新五郎十八歳因病気柳瀬表出張せざる也、只今籠城いたし、全忠孝
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
背には印度インド式の輿こしに唐人服の男が三人、警護の一隊も更紗さらさの唐人服で三、四十人、チャルメラを吹き立てて浅草から上野公園へのそりのそり。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「貴女が輿こし入れをしてまもなくでしたね」と平五が云った、「とにかくここよりほかに信用できるうちはないんですから」
末っ子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから間もなく一ちょう輿こしが、頑丈がんじょうな男にかつがれながら、藪原長者の館を出た。深編笠の武士が、輿の後から悠々と、つき添いながら歩いて行く。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
宋公の妻の父の家が城内の西門の内にあったが、ある日宋公が国王の乗るような輿こしに乗り、たくさんのともれて入って来ておじぎをしていってしまった。
考城隍 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
私穢をいとう当時の習慣のために、その病あらたまるに及び、来客の輿こしを借りて、急にこれを近所の小庵に移したくらいであるから、まして梅枝のごときは
煙のごとくかすむ花の薄絹うすぎぬとおして人馬の行列が見える。にしきのみ旗、にしきのみ輿こし! その前後をまもるよろい武者! さながらにしき絵のよう。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
路端みちばたの人はそれを何か不可思議のものでもあるかのように目送もくそうした。松本は白張しらはり提灯ちょうちん白木しらき輿こしが嫌だと云って、宵子の棺を喪車に入れたのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また小さい美しい巴里女優ラ・カバネルが四人の黒ン坊の子供に担がせた近東風の輿こしに乗って出るということ。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かねて支度したくしてあつたお輿こしせようとなさると、ひめかたちかげのようにえてしまひました。みかどおどろかれて
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
それを聞いて家の子郎党達が馳せ集まったので、弟子達軍兵済々として前後をかこみ、その数一千人余り、各々涙を流し悲しみを含んで輿こしを守護して行った。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女は白頭巾ずきんに白のうわりという姿である。遺骨の箱は小さな輿こしにのせて二人でさげて行くのである。近頃の東京の葬礼自動車ほど悪趣味なものも少ないと思う。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
宮の輿こしに同乗しながら御息所は、父の大臣が未来のきさきに擬して東宮の後宮に備えた自分を、どんなにはなやかに取り扱ったことであったか、不幸な運命のはてに
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼は始終昼ながら夢みつつ、今にも貴き人又は富める人又は名ある人のおのれ見出みいだして、玉の輿こしかかせて迎にきたるべき天縁の、必ず廻到めぐりいたらんことを信じて疑はざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
鉦、炬火、提灯、旗、それから兵隊帰りの喪主もしゅが羽織袴で位牌をささげ、其後から棺をおさめた輿こしは八人でかれた。七さんは着流きながしに新しい駒下駄で肩を入れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
雲井に近きあたりまで出入することの出来る立身出世——たま輿こしの風潮にさそわれて、家憲かけん厳しかった家までが、下々しもじもでは一種の見得みえのようにそうした家業柄の者を
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「だがねふみや、仕合しあわせなことに、お前をもらってくれるところがあるんだよ。そこは、うち見たいに貧乏でないし、しまいにはたま輿こしにさえ乗れるかも知れないんだよ」
天平の時には開眼師・菩提僧正以下、講師こうし読師どくし輿こしに乗り白蓋びゃくがいをさして入り来たり、「堂幄」に着すとある。また衆僧・沙弥南門より参入して「東西北幄」に着すとある。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
人並みの顔や姿でとんだ自惚うぬぼれでも持って、あの、口なくして玉の輿こしなんて草双紙にでもあるようなことを考えてるなら、それこそ大間違い! 妾手掛めかけてかけなら知らないこと
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
しばしここゆるせよかしといへど、なほ力にまかせて押しふせぬ。法海和尚の輿こしやがて入り来る。
これは「人生婦人の身となかれ、百年の苦楽他人にる」とか、女はうじなくして玉の輿こしとかいう如き、東洋流の運命観から出た、弱竹なよたけの弱々しい頼他的根性から来たのである。
夫婦共稼ぎと女子の学問 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
りゅう生絹すずし、供えものの唐櫃からびつ呉床あぐら真榊まさかき根越ねごしさかきなどがならび、萩乃とお蓮さまの輿こしには、まわりにすだれを下げ、白い房をたらし、司馬家の定紋じょうもんの、雪の輪に覗き蝶車の金具が
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
稲の穂が揺れ、村祭の太鼓の音が響いた。堤のみちを村の人達は夢中で輿こしかつぎ廻ったが、空腹の私達は茫然と見送るのであった。ある朝、舟入川口町の義兄が死んだと通知があった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
それは、しまでたいした評判ひょうばんでした。むすめさんがうつくしいので、しまおうさまが、あるきん輿こしってむかえにこられたけれど、むすめおとうとがかわいそうだといって、おことわりしてゆきませんでした。
港に着いた黒んぼ (新字新仮名) / 小川未明(著)
共にしたとはいうけれど、譬えば一家の主僕しゅうぼくがその家を、輿こしを、犬を、三の食事を、むちを共にしていると変った事はない。一人のためにはその家は喜見城きけんじょうで、一人のためには牢獄ろうごくだ。
しかし新橋や柳橋に左褄ひだりづまを取るものが、皆が皆まで玉の輿こしに乗るものとは限らず、今は世のなかの秩序も調ととのって来たので、二号として顕要の人に囲われるか、料亭りょうていや待合の、主婦として
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
花ならば蕾、月ならば新月、いづれ末は玉の輿こしにも乘るべき人が、品もあらんに世をよそなる尼法師に樣を變へたるは、慕ふをつとに別れてか、つれなき人を思うてか、みち、戀路ならんとの噂。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
家にいて邪魔をすると仇討ちに衣類をかじられると恐れる。嫁入りの日取りは所に依って同じからず。山西の平遥へいよう県では十日に輿こし入れあり。その晩は麺で作った餅を垣根に置いてお祝いをする。
大通事は板縁の上、西にひざまずき、稽古通事ふたりは板縁の上、東に跪いた。縁から三尺ばかり離れた土間にこしかけを置いてシロオテの席となした。やがて、シロオテは獄中から輿こしではこばれて来た。
地球図 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そしてすては、都ではいま装束の流行はどうなっているか、高貴な女はみなやはり輿こしに乗っているか、道化のしばいがあるか、男はみな太刀をはき、かんむりをかぶっているかなどとたずねた。
その度毎たびごとに、おせんのくびよこられて、あったらたま輿こしりそこねるかと人々ひとびとしがらせて腑甲斐ふがいなさ、しかもむねめた菊之丞きくのじょうへのせつなるおもいを、ひととては一人ひとりもなかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
今は外人よそびとの旅館となりて、凡そこゝに來らん程のもの一人としてこれに投ぜざるはなし。夫人をば輿こしに載せてかせ、我等はこれに隨ひて深くいはほり込みたるこみちを進みぬ。下には清き蒼海をる。
そのむごたらしい光景を額面の向って右の方から、黄金色の輿こしに乗った貴族らしい夫婦が、美々しく装うた眷族けんぞくや、臣下らしいものに取巻かれつつも如何いかにも興味深そうに悠然と眺めているのであるが
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
友とわれ馬より行けば妻の輿こしすこし遅れて柳より出づ
鶯や御幸みゆき輿こしもゆるめけん
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
輿こしは竹馬。