至極しごく)” の例文
常子は至極しごく気軽な調子で、「午前十一時に東京駅で乗りかえるんですから、九時にここを出れば大丈夫でしょう。おばさんの方は。」
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すなわれが暗謨尼亜アンモニアである。至極しごく旨く取れることは取れるが、ここに難渋はその臭気だ。臭いにも臭くないにも何ともいようがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
僕も至極しごく好機会だと思って研究会の方を貴老あなたからまとめて下さいとくれぐれも子爵に頼んで来たがこれさえ出来れば至極の名案でないか
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
至極しごく静かに知らせるといっていたが、それはかくいずれの僧侶に訊ねても、この寺へ知らせに来るというのは、真実のものらしい。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
真似をすると云うと人聞ひとぎきが悪いが骨を折らないで、うまい汁を吸うほど結構な事はない。この点において私は模傚に至極しごく賛成である。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いやなに、たった十分間の講義だけじゃ。しかしあのウィスキーにペパミント百四十函は、授業料としては至極しごくやすいものじゃ」
かくて彼等は、飲み、松茸蒸を味わいつつ、ようやく興が深くなって行くはずなのに、今日はどうしたものか、仏頂寺が至極しごく浮かない。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
意趣喧嘩いしゅげんかをして、高家を斬ったというか。馬鹿なっ、何というたわけ者だ。しかも、勅使登城の目前に不埓ふらち至極しごく但馬たじまを呼べっ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
至極しごく上手の女にあらざれば此おはたやをたつる事なければ、婦女ふぢよらがこれをうらやむ事、比諭たとへ階下かいかにありて昇殿しようでんくらゐをうらやむがごとし。
海の彼方あなたの隠れ里を故郷として、この人間の世界へ送りつけられたというものの中で、たった一つの迷惑至極しごくなものはねずみであった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
せしが縁と成て其後毎夜まいよ呼込ではもませけるにいと上手なれば政太夫も至極しごくに歡び療治をさせける處城富は稽古けいこを聞感にたへて居る樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
無論むろんふたはしてるが往來わうらい飛出とびだされても難儀なんぎ至極しごくなり、夫等それらおもふと入院にふゐんさせやうともおもふがなにかふびんらしくてこゝろひとつにはさだめかねるて
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
二人の多少知識的な青年が、一間の内に生活していれば、其処そこに、頭のよさについての競争が行われるのは、至極しごくあたり前のことであった。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
麻雀競技會マアジヤンきやうぎくわい常勝者じやうしようしやとしてその技法ぎはふをたゞ驚歎きやうたんされてゐたそれがしが、支那人式しなじんしき仕方しかたからすれば至極しごく幼稚えうち不正ふせいおこなつてゐたことがわかるし
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
御尤ごもつとも至極しごく、であればこそ、松島大明神とく随喜渇仰致すではわせんか——ドウしたのか、花吉、ベラ棒に手間が取れる」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それは至極しごくよろしい御量見です、そうわたしがお答えして置きましたよ。あの和尚さまは和尚さまらしいことを言われると思いましたっけ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
卑陋びろう至極しごく 食器を自分の着物で拭く位の事は平気なもの、卑陋びろう至極しごくではありますが彼らは大便に行っても決してしりぬぐわない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
別れて出たては至極しごくおだやかで、白山はくさんあたりから通つて來る、或大工だいくと懇意になつて、其大工が始終長火鉢のそばに頑張つてゐた。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
これは今日の眼を以ってすれば何んの不思議もない至極しごく当然のことなのであるがしかしその時代の見解からすれば必しもうではないのであって
日本上古の硬外交 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
逆に云へばかう云ふ風に自然が見えればこそ、かう云ふ画が此処ここに出来上つたのだから、一応いちおう至極しごく御尤ごもつともである。
西洋画のやうな日本画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この匡衡まさひら漢文かんぶんや、ほう至極しごく名人めいじんであつたが、そのうへうたもこのとほり、うまくんだとかたつたへたそうです。
私はつい苦笑すると、彼は益々顔面に深いしわを刻んで、それ見ろ至極しごく難題で困ったろうとでも云うみたいに、胡麻塩ごましお蓬髪ほうはつをくさくさ掻き立てたのだ。
(新字新仮名) / 金史良(著)
さすれば、証すべからざることを証せんと求めたなんじのごときは、これを至極しごくの増上慢といわずしてなんといおうぞ。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それは至極しごくありふれた部屋であった。というのは、第一、旅館そのものが、くありふれたものであったからだ。
ここは、四季を通じて一定の温度を保ち、寒からず暑からず至極しごくしのぎよい。食物は、めしいたえび、藻草の類。底には、ダイヤモンドがあるが無用の大長物。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
幾何学きかがくの題は至極しごく平易なのであった、光一はすらすらと解説を書いた、かれは立って先生の卓上たくじょうに答案をのせつくえと机のあいだを通って扉口ドアぐちへ歩いたとき
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
四畳半ぐらいのオンドル附きの部屋が四ッきりの、二間ずつ鍵形かぎがたつらなった低い藁葺わらぶきの家で、建物は至極しごくみすぼらしかったが、屋敷内はかなり広かった。
品物しなものわびしいが、なか/\の御手料理おてれうりえてはるし冥加みやうが至極しごくなお給仕きふじぼんひざかまへて其上そのうへひぢをついて、ほゝさゝえながら、うれしさうにたわ。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『そればかりか、少年せうねん活溌くわつぱつことツたらはなしになりませんよ。獅子狩しゝがりもやります、相撲すまふります。よわ水兵すいへいなんかはかされます。』とかれ至極しごく眞面目まじめ
名人になると、ひとりで四つの写箱をつかいわけて、画面の人物をたくみに操り、さながら、生きて動く人間を見るような至極しごくな芸を見せたものであった。
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かの女はあまり青年の手紙が跡絶とだえたので、もうあれが最後だったのかと思って、時々取り返しのつかぬ愛惜を感じ、その自分がまた卑怯ひきょう至極しごくに思われて
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
至極しごくの儀、わたくしも然るびょう存じ申す。当時関白殿下の御威勢を以って、彼女かれを采女にすすめ奉るに、誰も故障申し立つべきようもござりますまい」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
寝ても覚めても諦められず、遂に病となりまして誠に相済みません、と涙を流して申しますから、私も至極しごくもっともの様にも聞えますから、兎に角お願いに出て
前者は女的男を他の男が評する事ゆえ至極しごくもっともと思はるれど、この歌の如きは男的男を他の男が評する事故余り変にして何だかいやな気味の悪い心持になるなり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「なる程な……」媼さんはそれを聞いて道理もつとも至極しごくな事のやうに思つた。それにつけても、そんな道理もつとも至極な事を思ひつく爺さんと別れるのは悲しくてならなかつた。
まゆげをたてたるも、かねをおとしたるも、至極しごくよきことなり。しかし、こころで、おさき(長州の方言生意気の意)にならぬよふ、御つつしみありたきものにて候。
明治の五十銭銀貨 (新字新仮名) / 服部之総(著)
なるほど外部ぐわいぶからひと生活状態せいくわつじやうたいると至極しごく景氣けいきいやうにえるけれども其状態そのじやうたいがどれだけつゞくかとふことをかんがへてると、到底たうていながつゞるものではない。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
こちらの世界せかい仕事しごとは、なにをするにも至極しごくあっさりしていまして、すべてが手取てっとばやはこばれるのでございますが、それでもいよいよこれから竜宮行りゅうぐうゆききまったときには
丁度少し傾斜した大摺鉢すりばちの中点にあるようだから、風は当らない、その上絶えず焚く焔で、石の天椽は暖まる、南方に大残雪を控えているにもかかわらず、至極しごく暖かだ。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
どれほどに有りうべからざる事と思われるような夢中の事象でも、よくよく考えてみると、それはただ至極しごく平凡な可能性をほんの少しばかり変形しただけのものである。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
左様さよう、左様、至極しごくもっともなご質問です。私の方は太陰暦を使う関係上、月曜日が休みです。」
茨海小学校 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しばらくして其男そのをとこ丁寧ていねいにお辭儀じぎて、校長かうちやう至極しごく丁寧ていねいれいをして、そして二人ふたりわかれました。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
こう一は、それ以上いじょう、ほんとうだとしんじさせるようにいえないことを、至極しごく残念ざんねんおもいました。
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
辻を越えて四五軒目のところに私の店がある。ここは茶屋町通りの丁度まんなかへんで、至極しごく恰好かっこうな場所である。どこへ行くにも足場がいい。この店はまえは喫茶店であった。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
私は、彼女の慰めになり得るものは、何物にもことかゝぬやうに心をくばつた。すぐに彼女はその新しい住居に落着いて、至極しごく幸福になり、勉強の方もなか/\いゝ進境を見せた。
相手は至極しごく落着いていたが、鷺太郎は、しばらく返事の言葉が思いつかぬほどだった。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
出合頭であいがしらのつもりかなんぞの、至極しごく気軽きがる調子ちょうしで、八五ろう春重はるしげまえちふさがった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
なぶり殺しが止みますならば。こんな本懐至極しごくは御座らぬ……ポコポコチャカチャカ……
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ワーフルという菓子かしき居たりしを先生見て、これは至極しごく面白おもしろし、予もこの器械きかい借用しゃくようして一ツやってたしとのことにつき、翌日これを老僕ろうぼくたせつかわしければ、先生おおいに喜び
三斎公聞召きこしめされ、某に仰せられ候はその方が申条一々もっとも至極しごくせり、たとい香木はとうとからずとも、このほうが求め参れと申しつけたる珍品ちんぴんに相違なければ大切と心得候事当然なり
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)