いら)” の例文
外記はいらつて刀を奪ひ返し、ひき拔きて振りあぐれば、忠藏は恐れて綾衣をうち捨て、駕籠夫は空駕籠をかつぎ、共に表へ逃げ去る。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
尺八の穴みなビューッと鳴って、一角の大刀を大輪おおわに払うと、払われたほうは気をいらって、さっとそのさき足下あしもとからずり上げる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな悪たれを胸の中に沸き立たせながら、小走りになってむす子を追いかけて行くとき、かの女のいらだたしくも不思議にうれしい気持。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
したがって日が暮れて夜が明けて、寺で見る太陽の数が重なるにつけて、あたかも後から追いかけられでもするごとく気をいらった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何を愚頭々々ぐずぐずしていると云わぬばかりに、此方こちらめつけ、時には気をいらッて、聞えよがしに舌鼓したつづみなど鳴らして聞かせる事も有る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いら立ったか門弟のひとり、松をへだてて左膳のまうしろへまわり、草に刀を伏せて……ヒタヒタと慕い寄ったと見るまに
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
サト子はあてどもなくクロークのほうをながめながら、神月のほうの話をはやくきめて、いくらかでも前渡金を握りたい思いで、いら々してきた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いらって叫ぶ鬼王丸。それに勇気を揮い起こし敵盛り返して来た時には、数馬はまたも空を飛んで老師のそばに帰っていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夜食を終つて寝につくまで、たつた一時間、髪薄き老妻の繰言は途切れ途切れ、汚点しみだらけの襖の影に巣喰ふいら立たしき沈黙こそ、此の世の不幸である。
武者小路氏のルナアル観 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
横に廻って突っかけようとすると、いつか島田はそっちを向いている、いらっておどりかかろうとすると、島田の前に焚かれた香の煙が一直線に舞い上って
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
心をいらだゝせるものや、そゝるものゝ、めまぐるしい曠野であつて、眞の生命の知識を探さうと危險ををかして
あさはかな心の虫のいらつを抑へかねて、一書を急飛し、飄然へうぜん家を出でゝ彼幻境かのげんきやうに向ひたるは去月二十七日。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
小いところから仕上げて大きくなって行った、大店おおだなの成功談などに刺戟しげきされると、彼女はどうでもこうでもそれに取着かなくてはならないように心がいらだって来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「鐘の音を聴いたからです。われわれの同志の間では、刻限はずれの鐘を変事の警報にしているのです。」ルキーンは身体からだいらだたし気にもじらせて、声をふるわせた。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
五助、作平は左右より、いらって二ツ三ツ背中をくらわすと、杉はアッといって、我に返ると同時に
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さりながら一行はまださかずきを挙げざりき、人々は皆気をいらちて越し方を見回れり、はるかのつつみに勇蔵夫婦の影ようやく顕われぬ、彼らは暫時柳の蔭に坐し顔を見合わせ言葉なし
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
が、いま紫水晶の耳かざりを見ているように仰向いたまま読んだ多計代の手紙にあるそれらの字句は、思い出したいま、やっぱり伸子に漠然としたいらだたしさを感じさせるのだった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あゝいう毛がねえで困ったよ、あゝいう気象だから、おめえさまも其の積りで、田舎者が分らねえ事をいうと思って、きもいらしちゃアいけねえよ、腹立紛れに何を云うか知んねえ、来た/\
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いらだった忠度は軒端近くたたずみ、扇を手荒く使ってそれとなく意志を伝えようとしたが、一向にその効果はない。夜は、いよいよ更け行く。軒端の忠度の扇がばたばた物すごい音を立てる。
閃めく掻爪かきづめいらちを、巻きなだれて
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
お雪は気をいらって
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれどそれが、いつも半日かわずか二タとき遅れだった。かくてついつい幾日かを釣られて歩き、徐寧はいやが上にも、いらついていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いらだたしい時間をまぎらわすためにこの黒い手帳をめぐって起った出来事をありのままに書いて見ようと思う。彼とある夫婦の間の微妙なもつれについてである。
黒い手帳 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一角は、たまらなくいらいらして来て、そこに、まぐろが胡坐あぐらをかいたように、ぬうっと済ましてすわってるこの狂太郎を、力いっぱい突き飛ばしてやりたくなった。
口笛を吹く武士 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何者か知らぬが、不意に庭から飛び込んで来たので、忠一は早くも背後うしろから組付くみついた。重太郎はいらって振放ふりはなそうと試みたが、此方こなたも多少は柔道の心得があった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし大した額でないだけに、これという簡便な調達方ちょうだつかたの胸に浮ばない彼を、なおいらつかせた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お銀のちょっとしたはしゃいだ口の利き方や、いらだちやすい動物をおひゃらかしてよろこんでいるような気軽な態度を見せられるたんびに、笹村をして妻を太々しい女のように思わしめた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ルチアノめ「冥路の国セル・ミク・シュア」になにを狙っている⁈ 何を何をと、ただ盲目さぐりのいらだたしいその気持は、くそっ、ゴージャンノットの結び目に逢ったかと、折竹も嗟嘆さたんの声をあげるばかり。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「まだか!」と武士は気をいらち右剣を延ばして切り下ろした、溺れる者はわらをもつかむ。紙一枚のきわどい隙に金剛力を手に集め寝ながら抱き起こした老人の死骸。すなわち楯となったのである。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
実に夢幻泡沫でじつなきものと云って、実はまことに無いものじゃ、世の人は此のらんによって諸々もろ/\貪慾執心どんよくしゅうしんが深くなって名聞利養みょうもんりように心をいらってむさぼらんとする、是らは只今生こんじょうの事のみをおもんぱか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
呼に此方の後藤は先刻せんこくより表に立て懸合かけあひの樣子を聞居きゝゐたりしが元より氣象きしやう濶達くわつたつの人故ぢり/\氣をいらち今に見よとうでさすつてまつ處に八五郎が呼込や否や油屋の見世へをどあがりたり其體そのてい赤銅造しやくどうづくりの強刀がうたう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
閃めく掻爪かきづめいらちを、卷きなだれて
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
その眼の前に見ているものが、いつまでも、明確にすることができないのは、遠いものに対する焦躁より遙かに苦しいいらだたしさであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吉良は、この岡部美濃という人間は、莫迦なのか偉いのか、わからなくなって、いらだった声を出した。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こういう気分に神経をいらつかせている時、彼女はふと女の雑誌か何かを借りるために嫂のへや這入はいった。そうしてそこで嫂がお貞さんのために縫っていた嫁入仕度よめいりじたくの着物を見た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此方こなた伊集院と宗三郎、黄昏たそがれ近い野に立って、十数合太刀を混えたが、互いに薄手を負ったばかり、まだどっちも斃れない。だが伊集院大分弱った。両腕の筋が釣ろうとする。自然心がいらって来る。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
レエヌは、いらだって、敷布シーツの端をもみくしゃにしながら
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
されば主税之助は大いに氣をいらかく今度の儀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ゑぐしく、いらだたしく
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
軽い悔いのもとに、何か強い執着が首をもたげていた。それはあれ以来冷めない火のように、彼を絶えずいらだたせていた。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落雷を、土中どちゅううずめて、自由の響きを束縛そくばくしたように、しぶって、いらって、いんこもって、おさえられて、岩にあたって、包まれて、激して、ね返されて、出端ではを失って、ごうとえている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いらち只々藤五郎兄弟を待詫まちわびてぞ居たりけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
左膳思わずいら立ち逆上あがった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼はいらってこう怒鳴った。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ゑぐしく、いらだたしく
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
藤波はいら立って
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
難路へかかったため、全軍、まったく進退を失い、雪は吹き積もるばかりなので、曹操はいらだって、馬上から叱った。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めてゐるときは、これがために名状めいじやうがた一種いつしゆ壓迫あつぱくけつゞけにけた。したがつてれてけて、てら太陽たいやうかずかさなるにつけて、あたかうしろからけられでもするごといらつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
どこか突いた気はしたが相手にはこたえがない。源内兵衛はいらって、竹槍を投げすて、腰の野太刀をひき抜いた。そして狂いめぐる駒の鞍わきを追い廻して
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そういうのも、至極自然であって、日頃の勝家とちがい、今はまったく、いらち迷っているふうもない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)