いけ)” の例文
「普請こそ小せえが、木口こぐちと言い道具と言い——何のこたあねぇ、こういけ又七とでも言いたげな、ふうん、こいつぁちっと臭ぇわい」
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それはいつも行き馴れたいけはたの待合で、ふいと或る日の夕方、私は人の妻かと見えて丸髷につてゐる若い女に出會つた事である。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
地点は、森武蔵ぜいっている岐阜ヶ嶽の下——ぶついけのなぎさである。馬に水を飼い、馬の脚を、水にけて冷やしているのだ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
池を隔てていけと名のついたこの小座敷の向かい側は、台所に続く物置きの板蔀いたじとみの、その上がちょっとしゃれた中二階になっている。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もう小判が日本中にはなくなってしまった——あるにしても三井やこういけや大大名の金蔵の奥ふかく死蔵されてしまった今日となって
明治の五十銭銀貨 (新字新仮名) / 服部之総(著)
ある、かわずはいけかんで、太陽たいようひかり脊中せなかしていました。そのとき、太陽たいようは、やさしく、かわずにかっていいました。
太陽とかわず (新字新仮名) / 小川未明(著)
けると、多勢おほぜい通學生つうがくせいをつかまへて、山田やまだその吹聽ふいちやうといつたらない。ぬえいけ行水ぎやうずゐ使つかつたほどに、こと大袈裟おほげさ立到たちいたる。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
火口かこういけ休息きゆうそく状態じようたいにあるときは、大抵たいてい濁水だくすいたゝへてゐるが、これが硫黄いおうふくむために乳白色にゆうはくしよくともなれば、熱湯ねつとうとなることもある。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
いけのきれいななかへ、女蛙をんなかへるをうみました。男蛙をとこかへるがそれをみて、おれのかかあ は水晶すいしやうたまをうんだとおどあがつてよろこびました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
先棒さきぼううしろとのこえは、まさに一しょであった。駕籠かご地上ちじょうにおろされると同時どうじに、いけめんした右手みぎてたれは、さっとばかりにはねげられた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
東京下谷したやいけはたの下宿で、岸本が友達と一緒にこの詩を愛誦あいしょうしたのは二十年の昔だ。市川、菅、福富、足立、友達は皆若かった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
始めて学校を卒業した時彼はその兄からもらったべろべろの薄羽織うすばおりを着て友達と一所にいけはたで写真を撮った事をまだ覚えていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
浅草へ出るとさすがに晴々はればれしていけはたの石道をぽくぽく歩いてみた。関東だきと云うのか、章魚たこの足のおでんを売る店が軒並みに出ている。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あのなみだいけおよいでからはなにかはつたやうで、硝子ガラス洋卓テーブルちひさなのあつた大廣間おほびろままつた何處どこへかせてしまひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
買物はいけはたへ出て、仲町なかちょうへ廻ってするのです。その仲町へ曲る辺に大きな玉子屋があって、そこの品がよいというので、いつも買います。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
禅智内供ぜんちないぐの鼻と云えば、いけで知らない者はない。長さは五六寸あって上唇うわくちびるの上からあごの下まで下っている。形は元も先も同じように太い。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はてれでも此姿このすがたなにとして見覺みおぼえがあるものかと自問自答じもんじたふをりしも樓婢ろうひのかなきりごゑに、いけはたから車夫くるまやさんはおまへさんですか。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
御蛇おんじゃいけにはまだかもがいる。高部たかべや小鴨や大鴨も見える。冬から春までは幾千かわからぬほどいるそうだが、今日も何百というほど遊んでいる。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
葉子はわざと宿で車を頼んでもらわずに、煉瓦れんが通りに出てからきれいそうな辻待つじまちをやとってそれに乗った。そしていけはたのほうに車を急がせた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
十五年の夏には下谷したやいけはたの青海小学校へ移り、その翌年に退校した。その後は他で勉学したとは公にはされていない。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
まず足馴らしに校庭を一周して、弥生町からいけはたへ出た。不忍池を一めぐりして、学校へ帰ってくるというのである。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いけはたの青海、仲御徒町なかおかちまちの本島(これが筆者の母校、若先生は初期の師範学校卒業生で、今は退隠されてなお健在。)
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
まずクック氏は、蛇類は建築物や著しき廃址に寓し、いけかべ周囲ぐるりい、不思議に地下へ消え去るので、鳥獣と別段に気味悪く人の注意をいた。
いけには新しくわきでて、ラムネのようにすがすがしい水がいっぱいにたたえられてありました。そのなかへかえるたちは、とぶんとぶんととびこみました。
二ひきの蛙 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
半七は甲州屋を出て、いけはたへ行った。近所で女髪結のお豊の家をきくと、すぐに知れて、それは狭い露路をはいって二軒目の小さい二階家であった。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
裏の林の中によしえた湿地しっちがあって、もといけであった水の名残りが黒くびて光っている。六月の末には、剖葦よしきりがどこからともなくそこへ来て鳴いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
酔ったまぎれで掛合う積りでいると、其の内八ツの鐘がボーンと不忍しのばずいけに響いて聞えるに、女房は熱いのに戸棚へ入り、襤褸ぼろかぶって小さく成っている。
しかもそれが済むと、自分も、絆纏はんてんに後ろ鉢捲はちまきをして、いけはたから湯島ゆしま辺にかけて配達してまわるのだった。何だかえたいの知れない男だと私は思った。
遠野の町の中にて今はいけはたという家の先代の主人、宮古に行きての帰るさ、この川の原台はらだいふちというあたりを通りしに、若き女ありて一封の手紙をたくす。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
押えて、れの外から、八公に渡して置いた縄でぐるぐるまき、いけはたから、お山の裏へ抜けて、谷中の鉄心庵にほうり込みゃあいいんだ。わかっているな
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
私はその本屋をはじめ、小川町の「三久」、浜町の「京常」、いけはたの「バイブル」、駒形の「小林文七」「鳥吉」などからしきりに西鶴の古本をあさり集めた。
明治十年前後 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
とにかく学校が下谷から本郷にうつる頃には、もう末造は小使ではなかった。しかしその頃いけはたへ越して来た末造の家へは、無分別な学生の出入でいりが絶えなかった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
お庄は賑やかないけはたから公園のすその方へ出ると、やがて家並みのごちゃごちゃした狭い通りへ入った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いけはた本郷ほんごうに抜ける静かなゆるい坂道を貞雄に助けられながらゆっくりゆっくり歩をはこんでゆく——が、妾の胸の中は感情が戦場のように激しく渦を巻いていた。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「イヨウ、素敵な別嬪べつぴんが立つてるぢやねエか——いけはたなら、弁天様の御散歩かと拝まれる所なんだ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
答『いけは一しゅ行場ぎょうばじゃ。人間界にんげんかい御禊みそぎおなじく、みずきよめられる意味いみにもなってるのでナ……。』
小千谷をぢやより西一里に芳谷よしたに村といふあり、こゝに郡殿こほりとのいけとて四方二三町斗の池ありて浮嶋うきしま十三あり。
それで三にん相談さうだんするやうかほをして、一端いつたん松林まつばやしまで退しりぞき、姿すがた彼等かれら視線しせんからかくれるやいなや、それツとばかり間道かんだう逃出にげだして、うらいけかたから、駒岡こまをかかた韋駄天走ゐだてんばしり。
「でも私ア、いけはたにゐる時よか、いツそ此うしてゐた方が、まだ/\のんきな位なもんだよ。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
刃物や鋏の類がよく、花鋏の如き古流こりゅういけぼう遠州流えんしゅうりゅうとそれぞれに特色ある形を示します。よい品になると、日本の鋏類の中でもとりわけ立派なものといえましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
今日、いけはた下邸しもやしきのちの月見の宴があるが、主水は御前で思いきった乱暴をする決心でいる。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かけられ諸人のために仰付られけるとかや右過料くわれう御政事ごせいじに當りてまこと諸人しよにんの爲と成て可なりしとかや江戸いけはた本門寺ほんもんじは紀州の御菩提所ごぼだいしよなれば吉宗公と御簾中ごれんちう本門寺ほんもんじ御葬送ごさうそう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
団十郎の銅像のあたりから、いけはたまで歩いてみて、親方は感心したようにつぶやいたものだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かるいけうら回行みゆきめぐるかもすらに玉藻たまものうへにひと宿なくに 〔巻三・三九〇〕 紀皇女
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
つるぎいけのほうに出て、それから藁塚わらづかのあちこちにうずたかく積まれている苅田のなかを、香具山かぐやま耳成山みみなしやまをたえず目にしながら歩いているうちに、いつか飛鳥川のまえに出てしまいました。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
平原の真中に、旅笠を伏せたように見える遠い小山は、耳無みみなしやまであった。其右に高くつっ立っている深緑は、畝傍山うねびやま。更に遠く日を受けてきらつく水面は、埴安はにやすいけではなかろうか。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
つまらなそうな様子で、上野黒門くろもんよりいけはたのほうへぶらりぶらり歩いて、しんちゅう屋の市右衛門いちえもんとて当時有名な金魚屋の店先にふと足をとどめ、中庭をのぞけば綺麗きれい生簀いけすが整然と七
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
実あきょういけはたにちょっと用足しがあって、いまさっき行ったんですよ。
いけはたにあったならこの椿岳の一世一代の画も大方焼けてしまったろう。
この屋根の箱棟はこむねには雁が五羽漆喰しっくい細工で塗り上げてあり、立派なものでした(雁鍋の先代は上総かずさ牛久うしくから出ていけはた紫蘇飯しそめしをはじめて仕上げたもの)。隣りに天野という大きな水茶屋みずぢゃやがある。