武蔵むさし)” の例文
旧字:武藏
娘は武蔵むさしの奥の者で、両親に死に別れ、他に身寄もないので、わずかな知人をたよりに、江戸へ女中奉公の口を探しに往くと云った。
雪女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
開いて普通の村落田園としたことを意味するので、近くは武蔵むさしの一国だけにも、自分はその十数カ所を列挙することができる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
武蔵むさし上野こうずけ下野しもつけ甲斐かい信濃しなのの諸国に領地のある諸大名はもとより、相模さがみ遠江とおとうみ駿河するがの諸大名まで皆そのお書付を受けた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
東京を中心にして関東の地図を見ますと、その中には相模さがみ武蔵むさし安房あわ上総かずさ下総しもうさ常陸ひたち上野こうずけ下野しもつけなどが現れます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
当時はむろんわびしい武蔵むさしはらで、旗本、小大名のお茶寮が三、四軒、ぽつりぽつりと森の中に見えるばかりといったような江戸郊外でしたから
いや、お取次でもよろしい。……但馬たじま宮本武蔵むさしという武者修行の者、道場へ立ち寄り、門弟たちに立ちむかえる者一人もなく、若先生のお帰りを
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西北から、大きな緑の帯のような隅田川すみだがわが、武蔵むさし下総しもうさの間を流れている……はるかに、富士と筑波を両方にひかえて。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その恐ろしい山々のつらなりのむこうは武蔵むさしの国で、こっちの甲斐かいの国とは、まるで往来ゆきかいさえ絶えているほどである。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
列車は、博多はかたをすぎて、二日市ふつかいち駅着。下車した一行は、なお止まぬ雨のなかを、鉄道馬車で、武蔵むさし温泉へ向かった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
親房ちかふさの第二子顕信あきのぶの子守親もりちか陸奥守むつのかみに任ぜらる……その孫武蔵むさしに住み相模さがみ扇ヶ谷おうぎがやつに転ず、上杉家うえすぎけつかう、上杉家うえすぎけほろぶるにおよびせいおうぎに改め後青木あおきに改む
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「でも、親分、首っ縊りのブラ下がったのはちょうど橋の真ん中ですぜ。東風ひがしが吹けば死骸のすそ武蔵むさしへ入るし、西風にしが吹けばびんのほつれ毛が、下総しもうさへなびく」
野州路やしゅうじ越後路えちごじはその裏道で甲斐かい石和いさわ武蔵むさし石浜いしはまは横路である。富山や京都は全く別系統であって、富山が八犬の発祥地であるほかには本筋には何の連鎖もない。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
伯母さん此処ここうちに智恵の板は売りませぬか、十六武蔵むさしでも何でもよい、手が暇で困ると美登利の淋しがれば、それよと即坐にはさみを借りて女子おなごづれは切抜きにかかる
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
江戸はもちろん武蔵むさし一円、経帷子きょうかたびらに包まれたように、真っ白になって眠っていたが、ここ小梅の里のあたりは、家もまばらに耕地ひらけ、雪景色にはもってこいであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それぎり何事もなく、汽車は川中島を越え、浅間の煙を望み、次第に武蔵むさしの平原に近づきまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汽車が武蔵むさしの平野へ降りてくるにつれて、しっとりした空気や、広々となだらかな田畠や矮林わいりんが、水から離れていた魚族の水に返されたような安易を感じさせたが、東京がちかづくにつれて
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
千六はそれから仲間に別れて筑前の武蔵むさし、別府、道後と温泉まわりを初めた。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雲母マイカか何かで、十六武蔵むさし位の大きさのうすい円盤をつくつて、水晶のいとつるして、真空のうちに置いて、此円盤のめん弧光アーク燈のひかりを直角にあてると、此円盤がひかりされて動く。と云ふのである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
宮本武蔵むさしは『五輪書りんのしょ』という本のなかで「見の眼と観の眼」といっておりますが、武蔵によれば、この観の眼によってのみ、剣道の極意ごくいに達することができるのでありまして、彼は剣道において
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
字は禄所ろくしょが正しいという説もあるが、本社祭神は大己貴命おおなむちのみこと相殿あいでんとして素盞嗚尊すさのおのみこと伊弉冊尊いざなみのみこと瓊々杵尊ににぎのみこと大宮女大神おおみやひめのおおかみ布留大神ふるのおおかみの六座(現在は大国魂おおくにたま神社)。武蔵むさしでは古社のうちへ数えられるのだ。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
又七条のきさいみやの女房武蔵むさしとの関係のように、たま/\望みがかなったかと思えば、その翌日から公用で四五日京都を離れるようなことになり、しかも不覚にも女に事情を知らしてやるのをおこたったので
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「甲香は宝螺貝のやうなるが、小さくて口のほどの細長にして出でたる貝のふたなり、武蔵むさしの国金沢といふ浦にありしを、所の者はへなたりと申しはべるとぞいひし」(『鎌倉攬勝考』附録に図あり)。
「おいらの家のすじ向うにある武蔵むさし屋っていう宿屋だよ」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きぎす鳴くや草の武蔵むさしの八平氏
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
少年の頃から初めて会うこの叔母に、たけぞうと呼ばれないで武蔵むさしといわれたのは、案外でもあったが、それよりはなにかしらさびしい気がして
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
情けに刃向こうやいばはねえといってな、武蔵むさし坊弁慶でせえも、ほろりとなりゃ形見に片そでを置いてくるんだ、伝六様はむだをいわねえ。な! ほら! このとおりさるぐつわを
上野こうずけ下野しもつけ武蔵むさし常陸ひたち安房あわ上総かずさ下総しもうさ相模さがみと股にかけ、ある時は一人で、ある時は数十人の眷属けんぞくと共に、強盗おしこみ放火ひつけ殺人ひとごろしの兇行を演じて来た、武士あがりのこの大盗が
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは六郎が武蔵むさしの領地と鎌倉の間を往復するたびに通ることになっているので、むすめの像に時おりその姿を見せて、せめてものおもいをやらせようとする優しい親心から出たことであった。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
日本武尊の常陸ひたちより甲斐の酒折に至りたまいし時は、いずれの路を取り玉いしやらん。常陸より甲斐に至らんに武蔵むさしよりせんには、荒川に沿いて上ると玉川に沿いて上るとの二路あり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
武蔵むさしではまた土呂どろの神明様の社の脇の大杉が、源義経の御箸であったと申します。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あの山城やましろの皇居を海に近い武蔵むさしの東京にうつし、新しい都を建てられた当初の御志おんこころざしに変わりなく、従来深い玉簾ぎょくれんの内にのみこもらせられた旧習をも打ち破られ、帝自らかく国々に御幸みゆきしたまい
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここは、旅をするほどの者がたれも知るとおり、甲州街道の咽喉のどで、相州そうしゅう津久井県つくいけん武蔵むさしの国の分水嶺でもあります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが千駄も苅れたとすれば、大へんな広い野にちがいないが、武蔵むさし相模さがみの高原にかけて、それくらいの野は今でもまだ残っている。べつに地名にするほどの珍らしい事実ではなかった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
先刻さっきから武蔵むさしはそこに黙然と立っていた。——およそ三間ほどの距離をおいて——棒のように立っていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相模さがみの佐野川村から武蔵むさしの元八王寺村へ越える案外峠は、案外にも武蔵が表で相模が裏、越中の国境荘川しょうかわの上流によこたわっている尾瀬峠は、平野地方が裏で五箇山ごかやまの山村が表であるのはさもありなん。
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「名も、武蔵たけぞうよりは、武蔵むさしまれたほうがよい。暗黒蔵の胎内から、きょうこそ、光明の世へ生れかわった誕生の第一日。すべて新たになるのがよろしかろう」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(新篇武蔵むさし風土記稿。埼玉県入間郡所沢町上新井字三つ井)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
相模さがみ武蔵むさしに、いささか受領じゅりょうの地もあり、同族どもも、あの地方に多いので。……もし東国への旅のおついででもあったら、御両所にも、ぜひ鎌倉へおたずねください
「ム、大いそぎで、武蔵むさしの国、高尾山たかおさん奥院おくのいんまでいってきてくれ、しさいはここに書いておいた」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清十郎のねばり濃い求愛に、心が暗くなる時は、必ずその心のすみで、彼女は武蔵むさしのことを考えた。——武蔵が心にあることは、救いであったが、また苦しくもなって来た。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
れは元、村では武蔵といい、この婆などは、悪蔵とんでいたものじゃが、今では、名を変えているそうじゃの、宮本武蔵むさしと。——えらそうな名わいの。……ホ、ホ、ホ」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わざわざ御車みくるまをおむけになったのも、能登のと加賀かが出雲いずも伯耆ほうき伊予いよ播磨はりま下毛野しもつけ武蔵むさしなどの御料の牧の若駒どもが、加茂の五月をまえに、ぞくぞく都へひかれて来たので
甲府こうふを一とおり遍歴へんれきした宮内は、これから道を東にとって、武蔵むさしの国へはいるつもり。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沢庵たくあんのことばによると、三年前武蔵むさしが日名倉の番所を襲った時は、姉のお吟はもうそこにはいなかったので、何のとがめもうけず、その後は、種々いろいろな事情もあって宮本村へは帰らなかったが
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「元日の朝から七種ななくさの日まで、毎朝、五条の橋へ行っていると——武蔵むさし様からの言伝ことづてがあったのよ。待ち遠しいお正月……ああ早く京都へ帰りたい。五条の橋へゆけば、武蔵様が立っている」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これからが宮本武蔵たけぞうの——いや名も武蔵むさしと改めたこの身の大事な一日一日、修業のほかに、なんの心もない。そういう人間と、一緒に永い苦艱の道を歩いても、そなたは決して、倖せではあるまいが
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下総しもうさ上総かずさ常陸ひたち下野しもつけ武蔵むさし——と見わたしても、これほどな馬数と、また、豊かな墾田と、さらに、まだまだ無限な開拓をまつ広大な処女地とを、領有している豪族といっては、そうたくさんは
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頼朝の兵は、枯れ野の火のように、武蔵むさしを焼き、常陸ひたちへ入る。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——もう武蔵むさしは、蓮台寺野れんだいじののほうへ来ていやしないか」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)