さかき)” の例文
二人の前垂を持った商人あきんどらしい男が、威勢よく格子戸を開けて入って来た。一人は正太だ。今一人は正太が連れて来たさかきという客だ。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ある時、葛籠屋つづらやの店蔵に荒莚あらむしろを敷いた段をつくって、段上に丸鏡とさかきと燈明をおき神縄しめを張り、白衣の男が無中になって怒鳴っていた。
椎野しひの海軍中将、黒部くろべ陸軍少将、元群馬県知事名取なとりしゆん六氏、さかき予備主計監、総領事釜屋望かまやのぞむ氏、最後に浦川子爵と来賓一同が席に就く。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
『古今集』にはまた大歌所おおうたどころものの歌としてあって、山人の手に持つさかきの枝に、何か信仰上の意味がありそうに見えるのであります。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
全軍、隊伍を組んで、粛と整列し、中央の浄地には軍神を祭り、塩水を撒いて、白木の祭壇に、さかきをたて、燈明をともすのである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たちばなさかきうわった庭園の白洲しらすを包んで、篝火かがりびが赤々と燃え上ると、不弥の宮人たちは各々手に数枚のかしわの葉を持って白洲の中へ集って来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
さかきの木だということだが、松であろうと杉であろうと、柳であろうと柏の木であろうと、そんなことはどうでもよいのだよ」
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
御幣、太鼓、さかきを先に立て、元和げんな以来の古式に則って大伝馬町の諫鼓鶏の山車が第一番にゆく。行列長さだけで二十丁。
……これでは、玉の手を握ろう、もみはかまを引こうと、乗出し、泳上る自信のやからこうべを、幣結しでゆうたさかきをもって、そのあしきを払うようなものである。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「やあ驚いた、向うにあるのはさかきですね、実にいい樹ですね、こう……なんて云いましょうか、古風で、渋くって」
明暗嫁問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
桶の後ろには小山のように、これもまたたくましい男が一人、根こぎにしたらしいさかきの枝に、玉だの鏡だのがさがったのを、悠然と押し立てているのを見た。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はな遊興いうきようは日頃に十ばい仕たりける是に依て神主かんぬし共五百餘人集會あつまりさかきの枝に四手を切かけて種々と義長の惡逆あくぎやくを申立て彼を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
四辺あたりは水を打ったように静かであって誰れ一人翁を見上げたものがない。翁は青いさかきの枝を取上げて、それで少女の顔を掩うて静かにその家を立去った。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
夜通し飲んだ酒のために神楽かぐらの面のようになった自身の顔も知らずに、もう篝火かがりびも消えかかっている社前で、まだ万歳万歳とさかきを振って祝い合っている。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
微暗うすぐらい土蔵の中には中央なかほどに古い長櫃ながもちを置いて、その周囲まわり注連縄しめなわを張り、前に白木の台をえて、それにはさかきをたて、その一方には三宝さんぽうを載っけてあった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
西四条のさきの斎宮まだみこにものし給ひし時心ざしありて思ふこと侍りける間に、斎宮に走り給ひにければ、その明くるあしたさかきの枝につけてさしおかせ侍りける
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その一方には芝笹の所々に、つつじやさかきわせた植込みがあり、他方は少し高くなり、庭隅の一本の頑丈な巨松の周りにかさばった八ツ手の株が蟠踞ばんきょしている。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そのうちに、我らのプリホダと呼び慣れているのは、発音の誤りで、ボヘミア語であれは、プシホダと読むのだと、——亡くなった九大のさかき博士に教わったりした。
彼女はあごで差し招くと、供の侍は麻のしでをかけたさかきの枝を白木の三宝に乗せて、うやうやしく捧げ出して来た。玉藻はしずかにその枝を把って、眼をとじて祈り始めた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
『ぢや、ついでに、お祭につかふ山さかきでも取つて来ませうかね?』と言つてそして出懸でかけた。
ひとつのパラソル (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
日本の「つばき」の椿は日本製の字すなわち和字でそれはさかきとうげかみしもはたらくなどと同格である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
はりの上に板をならべ、南東の方向に面した祭壇に供物が盛りあげられている。さかきの代りには水松おんこの小枝を用い、白いご幣が、黒いほど濃い緑葉のなかに清洌せいれつな対照であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
されば駿河湾の暖流しるところに近い浅間神社のほとり、かしわや、さかきや、藪肉桂やぶにっけいなどの常緑濶葉樹かつようじゅが繁茂する暖地から、山頂近くチズゴケやハナゴケなど、寒帯の子供なるこけ類が
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
さかきの生垣は脊丈が不揃ひになつて、その一列になつた頭の線が不恰好ぶかつかうにうねつて居る。
りゅう生絹すずし、供えものの唐櫃からびつ呉床あぐら真榊まさかき根越ねごしさかきなどがならび、萩乃とお蓮さまの輿こしには、まわりにすだれを下げ、白い房をたらし、司馬家の定紋じょうもんの、雪の輪に覗き蝶車の金具が
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さかきの枝に結い付け、内ノハタノ王子に持参(ツチ分罰童子云々)し各これを結い付く。
顔にうすく白粉などを塗って、髪も綺麗にでつけ、神棚にさかきをあげたり、座敷の薄端うすばた花活はないけに花を活けかえなどした。お庄はそんな手伝いをしながら、昼ごろまでずるずるにいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
神官しんくわんほこりだらけないたやうやございたせま拜殿はいでんすわつてさかきちひさなえだをいぢつて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
白木の祭壇には、さかきに似た木の枝が立てかけられ、御幣ごへいの紙が白く風にゆれている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
さかきの葉やいろいろの花にこぼれている朝陽の色が、見えるように思われた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
正太は川向に住んだ時のことを思出すという風で、あの家へはよくさかきがやって来て、さかんに気焔きえんを吐いたことなどを言出した。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もともと二人が識り合つたのはさかきといふ大学生を通じてであり、その榊が彼女に妙な手紙を寄越したといふのである。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
となれなれしく書いた浅緑色の手紙を、さかき木綿ゆうをかけ神々こうごうしくした枝につけて送ったのである。中将の返事は
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
男が生れる時には、必ずその小石が男石に当るといっております。三十年ほど前までは、この男石の近くに、古い大きなさかきの木が、神にまつられてありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
中は薄暗く、鏡が光って、大きな太鼓とさかきに白紙の結び付けられた生花と、御幣ごへいと、白い徳利とくりとが目に入って、それに賽銭さいせん箱がぐ格子戸のきわに置かれてあった。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あそびなかまの暮ごとに集いしは、筋むかいなる県社乙剣おとつるぎの宮の境内なる御影石みかげいしの鳥居のなかなり。いと広くてつちをば綺麗きれいに掃いたり。さかき五六本、秋は木犀もくせいかおりみてり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さかきの風が、三度、さつ、颯、颯と彼の頭上を払った。神官はまた彼の前に神酒みき土器かわらけを置いた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは彼のとうげだとかさかきだとかまたははたらくだとかいう字と同じでもとより支那の漢字ではない。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
やがて、一団の若者たちは裸体となって、さかきの枝を振りながら婦人たちの踊の中へ流れ込んだ。このとき、人波の中から、絶えず櫓の上の長羅の顔を見詰めている女が二人あった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
神官しんくわんしよく横手よこてかへ一寸ちよつとしやく指圖さしづをすると氏子うぢこ總代等そうだいら順次じゆんじさかき小枝こえだ玉串たまくしつてしよくまへ玉串たまくしさゝげて拍手はくしゆした。彼等かれらたゞづ/\して拍手はくしゆらなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そして、室の一方には蒲団を畳んで積み、衣類を入れた葛籠つづらを置き、鎧櫃よろいびつを置き、三尺ばかりの狭い床には天照大神宮てんしょうだいじんぐうの軸をかけて、其の下に真新しいさかきをさした徳利を置いてあった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
鶴岡市郎右衛門つるおかいちろうえもんかたのおもてには、さかき定紋じょうもんうった高張たかはり提灯を立てつらね、玄関正面のところに槍をかけて、入口には番所ができ、その横手には、青竹の菱垣ひしがきを結いめぐらして、まんなかに
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
なんでも高い段のようなものを築いて、そこへ御幣ごへいさかきをたてて、座敷の四方には注連しめを張りまわして、自分も御幣を持っていて、それを振り立てながら何かいのりのようなことをするんだそうです
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
竹のなかには素晴しく大きな丈の高い椿つばきが、この清楚な竹藪のなかの異端者のやうに、重苦しく立つて居た。屋敷の庭は丈の高い——人間の背丈よりも高くなつたさかきの生垣で取り囲まれてあつた。
暗くなってから行列は動いて、二条から洞院とういん大路おおじを折れる所に二条の院はあるのであったから、源氏は身にしむ思いをしながら、さかきに歌をして送った。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と言いながら、正太が楼梯はしごだんを上って来た。正太はさかきと相前後して、兜町の方へ通うことに成った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
𨸶の字は辻・さかきなどと同じき和字であろう。坪の字を用いた所もたしかにあった。毛利家の村鑑むらかがみには、平均というべき所は坪の字が用いてある。すなわちナラシである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
みやは、報徳神社はうとくじんじやといふ、二宮尊徳にのみやそんとくをうまつれるもの、石段いしだん南北なんぼくかしこくも、宮樣みやさま御手植おんてうゑつゐさかき四邊あたりちりとゞめず、たかきあたりしづかとりこゑきかはす。やしろまうでて云々しか/″\
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
また神棚といえば必らずさかきを上げておいたものです。僕の家は兄弟が大勢でしたが、次の小さい子供が生まれて名前を選ぶというと、父が自分の思う名前を幾つもこよりに書くのです。
親鸞の水脈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さかきの黒い硬い葉の上に反射して綺麗にきらきらと光つた。